僕がラグビー登山家になるまで 13歳 | 家出をした時の話 ③
友人の名前を伝えたら、お巡りさんが3人が奥で集まって話しあったいた。電話番号もと言われ、もちろん答えた「0568-・・・」その一人が僕の目の前で電話し名前と電話番号を照合している。 「何をしにいる?」と先よりも強めに聞いてきたので、僕は家出したこと、そして今は眠れなくて街中をフラついていたこと、全て正直に答えた。最後に確認でもう一度名前を聞かれた。
ちょうどこの時間帯に僕と同年代の奴が悪さをしていたらしく、それと勘違いされたらしいのだ。彼は金髪で僕は黒髪。元から違っていた。
警察が急に緊張感を解した。「ここは危険だから明日にでも帰りなさい。」
僕はは何も考えずに「はい」と答えた。
何かの糸が切れた感じがした。今まで自分の中で勝手に張り詰めていたもので、そいつのおかげで今回の旅が強行できたのだが、いざ、なくなると今の自分がここにいる理由も何も意味をなさなくなってしまった。
一気に肩の力が抜けた。先ほど見ていた景色は全部が自分と対立していたように見えた。僕はそれらのものと戦わなければならなく、自分のこれからは勝手に苦しいものだと思えてしまっていた。しかし、今の僕はそれらと共に生きて行けばいいのだと思えるようになった。なんだか生きることが急に楽になった気がした。
僕は駅が開く時間までこの交番にいさせてもらいたかった。中は暖かく、外は寒かったからだ。おそらくそういって人に甘えようと思ったのは結構久しぶりだったと思う。
だが、パトロールのため一緒に出なければならないと言われた。 さっきと比べて外は少しだけ明るくなっていた。それだけで結構救われた気持ちになった。
駅が開いた。駅のベンチで座る。クッション性が高いベンチに座るのは1日しか経っていなかったがとても久しぶりのような感覚であった。
やっと改札口が開いた。何も考えることなく、無意識に名古屋行きの新幹線の切符を買っていた。
ホームで多少待っていたと思うがここらで記憶はない。
新幹線の中へ。もちろん始発の新幹線なので誰も乗っていなかった。自由席の窓側に座った。空が明るくなり、赤味を帯びてきた。この旅ではじめてみる朝。けど、最後の朝。
動き出した。俺はずっと外の風景を見ようとしていたが、座席がやわらかく、すぐに睡魔に襲われた。明石海峡大橋を見たらへんで眠りだした。
ウトウトしながらも寝過ごしたくなかった。名古屋駅に着いたタイミングで僕は慌てて車内の外に出た。あまり慣れてはないと言っても見たことのある風景である。安堵感があった。多治見行きの電車に乗り換えた。 春日井駅に着いた。その日は昨日と打って変わって春模様。自転車で家まで帰宅する途中、今度はカレーンパンを買う。
家に着いた。その日は特別で家に母親がいた。何を言われるかドキドキしていたが、特に何もなかったように「お帰」と。
その言葉で十分であった。
これで僕の旅は終わった。
母親は何も言わず、何も聞いてこず、朝ごはん食べる?的な事を聞いてきた。僕も無性にお腹が減っていたので二つ返事で答えた。
母親は今から仕事に行くと言い、何事もなく家を出た。
家には僕一人。飯を食って、シャワーを浴びて、転げるように寝むりについた。
目を瞑りながら、この旅を振り返った。
本当は10日の予定であった僕の一世一代の大冒険。しかし、結果は1日だけだった。
しかし、1日だけで十分であったのかと思う。昨日と今日で僕はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ楽に生きられるような気がするようになった。
※ 20歳の時にmixi日記で書いたものです
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