
それはもう運命なのかも(村山由佳『ダブルファンタジー』)
あきらとさんの幸せ企画の小冊子化に参加させていただいていたが、ついに、完成の目処が立ってきた。
印刷作業や発送作業は残っているが、私がお手伝いできるところは、もうあまりない。数ヶ月間、毎晩のように楽しく取り組んできたことがなくなって、ぽっかり空いた時間。
この空いた時間を、最近は、健康維持のウォーキングと読書と映画鑑賞に当てている。
忘れっぽい性格だ。
三歩歩いたら忘れる。2階の寝室で気づいたことを、階段を降りてリビングにたどり着いたら、「あれ? さっきのご用事なあに?」
もう忘れている。
読んだ本や映画の内容も、抱いた感想も、すぐ忘れる。そもそも読んだこと、見たことさえ忘れる。読み終えた本を、新刊と勘違いして買ってくることもしばしば。
せっかく、出会った作品たちだもの、覚えておくことはできなくても、せめて、記録くらいしておこう。
ついでに、ひどく主観的な感想も記しておこう。
今日はとりあえず一つだけ。
ダブルファンタジー上・下/村山由佳(文春文庫)
私は、この本に出てくる「岩井」を怖いと思った。
岩井というのは、主人公で脚本家の高遠奈津の愛人。
彼は、奥さんも子供もいる男性だ。そう、二人は不倫の関係。
岩井は、キリンのような草食系男子。ひょろっと背が高く、優しくて、物腰が柔らか。力で女性を抑え込むことはなく、いつまでも会話のキャッチボールを楽しめる。仕事にも熱心で、それなりの成果をあげている。家族も愛している。
彼は、絵に描いたような、「結婚に向く男」。
それなのに、彼は、大学の後輩である奈津と浮気している。楽しそうに。友情の延長のようにおしゃべりしながら、体を重ね、底無しの優しさを彼女に向ける。
私はそれを怖いと思った。
どんな男性も、こんなに簡単に他の女性と浮気できるものなのか。
一見、浮気や不倫と縁が遠そうな草食系の夫や恋人も、心も体も合う人に出会って、アプローチされると、いとも簡単に流されてしまえるものなのか。
罪悪感はないのか。戸惑いはないのか。
岩井は奈津に対して「愛している」とは言わない。その言葉は、妻にしか言わないという。そんなの男のエゴじゃないか。言い訳にしかならない。男なんて、男なんて!
怒りがふつふつと湧き上がってくる。
己の隣で、いびきをかきながら、悩みなさそうに寝ている夫を見て「この人もきっかけさえあれば、そちら側にいくのだろうか」と真剣に思ったりした。
妻として、これほど怖いものはない、そう思った。
10年後の今、年末年始に再読した。
岩井は怖くなかった。
なぜだろう?
ドラマ版を、大好きな田中圭が演じていたから……ではない。
「私も、もしかしたら岩井になるかもしれない」と思ったからだ。
そういうことだってあるかもしれないと思ったからだ。
長い人生、人には、計り知れないことが起きる。誰かをひどく傷つけたり、周りを振り切って自分の思うように生きてみたり。期待に答えられなかったり、失望させたりすることだってある。
大事な人を失うこともある。
そして、伴侶より心も体も相性のいい人に出会ってしまうことも。
岩井は、昔よりずっと自由で魅力的になった奈津に再会してしまった。彼女は、その時の彼の求めていたものを持っていた。お互いの過去を熟知していること、お互いに「文章を書く」という似た仕事を持っていること、気の利いた会話、妻とは違う感性を持ち、自分をどこまでも楽しませてくれる体、生活感のない関係。
彼は、妻とは違う「女性」の世界の扉を開けてしまった。
それって仕方ないんじゃないかなと思うのだ。
そこまで、ぴったりのタイミングで出会ってしまうって、もう事故みたいなもんなんじゃないかと。
そんなふうに思えるようになったのは、この10年で、いろんな人に出会ったから。noteで出会った人、職場の同僚、趣味の集まりで会う人、飲み友達。いろんな人のいろんな人生を垣間見て、生き方や幸せは人それぞれだと思うようになったから。
知り合った人の中には、本当に気の合う人がいて、彼らのことが本当に大好きだし、ずっと一緒にいたいと思う。
私の出会いたちは、たまたま奈津と岩井のような関係に向かっていないだけ。「友情のエッチ」がないだけなのかもしれない。
だから、どこかでボタンをかけ違えたら、私も「岩井」になるかもしれない。
夫だって「岩井」になるかもしれない。
自由を求めて夫を捨て、家を出た、高遠奈津にさえなるかもしれない。
それはもはや、運命みたいなものなんじゃないだろうか。
もちろん、自分が妻の立場なら、怒り狂って、夫を家から追い出すかもしれない。離婚を突きつけることもあるかもしれない。
私が岩井の立場なら、罪悪感と快感の狭間で葛藤するだろうし、夫にバレないように必死になって、それでも、会いに行こうとするかもしれない。夫から離婚を言い渡されるかもしれない。
でも、こころの全く通わない体裁だけの関係を、お互いに歯を食いしばって引きずらせるよりも、そっちの方がずっと、自分らしく、自由に生きているんじゃないだろうかとさえ思う。
それを引き受けるのも、自分だし、それが自由に生きる覚悟なんだと、ガラにもなく考えてしまった。
どの選択肢を選ぶかは、自分次第。
私の考え方もなかなか柔軟に自由になってきたんじゃない? ふふふ。
なお、真面目なレビューをお求めなら、illy / 入谷聡さんのこちらのレビューを読むことを、強く強くお勧めします。
続編「ミルクアンドハニー」も楽しみだ。(買わねば)
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