春の花咲く野で遊山箱
小学生1年生の時、同じクラスのナナちゃん(仮名)と、近所の原っぱにピクニックに出かけた。
原っぱと言うか、休耕地に雑草が生えてるだけの場所。
40年前の田舎の町では、のび太とジャイアンが空き地で野球をするように、子供がよその休耕地でピクニックしていても、とがめる人はいなかった。むしろ、通りすがりのおばちゃんに「あら、こんなところでお弁当? いいわねえ」と朗らかに声をかけてもらえた、のどかな時代。
季節は4月。うららかな春の日差しを浴びながら、人けのない原っぱに、レジャーシートを広げて、お母さんに作ってもらったお弁当をほおばった。
鳥が鳴きながら頭上をすいーっと飛んで、年中風の強いこの町らしい突風が、時折、草をウエーブのようになびかせながら、通り過ぎた。
草のざわめきと鳥の声が消えると、私たちの話声だけが、響き渡った。
40年近くたった今でも時々思い出す、楽しいピクニックの思い出。
その時、母が作ってくれたのは、確かサンドイッチだったと思う。
サンドイッチ用のお弁当箱に、ぎゅうと詰め込まれたサンドイッチ。外で食べると格別おいしかった。
外でご飯を食べる気持ちよさ、遠足みたいに集合時間も先生の目も気にすることもなく、仲良しの友達と、いつまでもおしゃべりできるのが楽しかった。
「お母さんも、子供のころ、友達とよく『遊山』に行ったものよ」
10数年後、ナナちゃんとのピクニックの思い出話をしていた時に、母が思い出したように言った。
「『ゆさん』ってなに?」
「昔の言葉でピクニックのことよ。春になったら家の裏の土手に『遊山箱』を持って、行ったもんよ」
「『遊山箱』って弁当箱のこと?」
母に聞くと、遊山箱とは、1人用の3段のお重のことで、お重の上に取っ手が付いていて持ち運びできるものらしい。
女の子たちは、自分用のお弁当箱を持つように、一人一つずつ遊山箱を持っていて、遊山箱に、母親に作ってもらった巻きずしや羊羹なんかを詰めて、遊山に行くのだそう。
手間暇かけて遊山箱いっぱいに詰めてくれた巻きずしやまだ甘いものが貴重だった時代、羊羹を食べられるのがうれしかったと語っていた。
自分用のお重か、いいなあ。楽しそう。
私もナナちゃんとピクニックに行った時、遊山箱で行きたかったな。
だけど、その話を聞いた平成のはじめにはもう「遊山箱」文化は廃れてしまっていて、私たちの目の前から消えてしまっていた。それから、重箱の上に取っ手のついたお弁当箱のことはすっかり忘れていた。
それが、ここ10年ほどで、徳島ならではの珍しい習慣として、復活。
観光に一役買っているらしい。
そして、ついに、遊山箱の実物を見ることができた。
(画像はネットから拝借しました)
これが遊山箱。
私は思い違いをしていた。お重に取っ手が付いているのではなく、お重をしまう外箱に取っ手が付いているものだった。タンスのような仕組みの重箱。漆塗に、かわいらしい絵柄。重箱が段ごとに色が違っていてとてもカラフル。大きさは、普通のお重の4分の1くらい。
手のひらより少し大きいくらい。
ちょうど1回で食べきれる程度の料理が入りそう。
徳島は古くから材木の産地で、木材加工においても江戸時代の阿波藩の有力な水軍を支えた船大工の高度な技術が伝承されてきました。
杢張りという木工技術を活かし、美しく塗装をして仕上げた遊山箱は、野山への行楽(遊山)や雛まつりの弁当箱として子どもたちが使った三段重ねの重箱です。
古くは江戸時代のものもあり、徳島では大正から昭和戦前期には、どの家庭でも愛用されていました。(徳島県のHPより)
遊山箱は、徳島県の木工技術の遊び心から生まれたのか。
実物を見ると、工芸品としての美しさとかわいらしさに心を奪われる。子供用なのにこのクオリティと、子供が持ってウキウキするような、かわいい絵付けが共存している。
プラスチックとシリコン素材ばかりの子供用食器が並びがちな現代では感じにくい、木を持つぬくもりや、本物を持つ誇らしさやモノを大事にする気持ちが子供の中に育まれる気がする。
最近は、ホテルのレストランで、遊山箱ランチが食べられる。
これは、去年私が食べたもの。丁寧に盛り付けられた料理は、上品でとてもおいしかった。
いやでも、私が欲しいのは、子供のときナナちゃんと食べたお弁当のような、手作りの料理やお菓子をぎゅうと詰めた遊山箱。
自然の中で、おしゃべりしながら食べたいのだ。
だがしかし、漆塗りはお値段もそれなり。
こちら、楽天市場で、24,200円(税込み)うう、いいお値段。
もう少し安いとなると、プラスチック製で、8,250円(税込み)
うーん、できれば本物の木の遊山箱が欲しい。
調べてみると、遊山箱に絵付け体験ができるところがあった。
これは楽しそう。
自分で絵付けした遊山箱に、好きなものをたくさん詰めて、お花見とかいいじゃない!
コロナの自粛ムードも解禁されて、こちらも来月から再開されるよう。
できれば、気の合う遊山箱仲間を作って、一緒におしゃべりしながら食べたいな。せめて気持ちだけは、ナナちゃんとお弁当を食べた7歳に戻って。
紹介動画を見つけました。
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