見出し画像

時計の電池を変えた

「2時15分か……!?」
今朝起きたら、リビングの時計が止まっていた。

「ねえ、時計の電池変えて」
階下から夫を呼ぶ。
「はぁーい」と気の抜けた返事をしながら、夫が降りてくる。
リビングの壁から時計をはずして、ひっくり返す。
「単三電池、こんなにあったかな」
言いながら、収納庫を漁りに夫が部屋を出て行った。

「結婚祝い何がいい?」
私の26歳の誕生日に夫と結婚した。
大学時代の友人たちが、結婚祝いに何がいいか聞いてくれた。
「時計が欲しい」
新居になった3LDKの賃貸マンションのリビングには時計がなかった。
夫の会社の社宅として借り上げてもらった賃貸マンション。いずれ結婚して私が引っ越してくることを見据えて、夫は家具をほとんど買わずにいた。
広いリビングに小さな折り畳みの机と、学生時代に使っていた冷蔵庫だけで半年間暮らしていた。
結婚する日が近づいて、二人で少しずつ家具や家電を買い足した。
二人掛けのダイニングテーブル、カウンターになる食器棚、ガスコンロ、大きな冷蔵庫、オーブンレンジ、ソファ。
大きな買い物に隠れてしまって、時計を買うのが後回しになっていた。

だから、友人たちが「結婚祝いに何がいいか」と尋ねてくれて、「時計が欲しい」と即答した。

しばらくして、時計を届けにきてくれた。
包みを開けた。
それは、まるで私が選んだみたいに、好みの時計だった。

シンプルな文字盤が、お皿をひっくり返したようなガラスで大きく覆われている。ガラスの厚みで、ほんの少し、水に絵の具を一滴落としたような薄さで、エメラルドグリーンに見える。軽そうに見えて、本当はずっしりと重い。一目見て、気に入った。
時計は、リビングの白い壁にぴったりとはまった。

この時計が私たち夫婦の家で時を刻み始めてから、もう20年が来る。
家を新築して引っ越しても、この時計は一番に持ってきた。新しい家のリビングの白い壁にも似合った。今もリビングの中心に掛けてある。
新婚旅行から帰ってきた日も、子供が生まれた日も、引っ越した日も、友人や家族をを亡くした日も、夫とケンカした日も、子供と遊んだ日も、ずっと私たちを見守っていてくれている。
何度、電池交換をしただろう。
古い電波時計だから、関東の弱い電波しか受信できない。だから全然、電波時計として働かない。(夜中の雑電波のない時間にたまに受信できる程度)それでも、全然かまわない。

「電波時計のくせに、全然時間が合わないな」
「今ならネットでもっとママの好みの時計があるんじゃないの?」
夫や子供たちは、新しい時計に変えたらいいと勧めるけど、ポンコツだけど、この時計がいいんだ。

時計をくれた友人たちとも、20年の間に疎遠になってしまった。
同時期に買った家具たちも、ほとんど手放した。家電たちもそろそろ寿命、買い換え時を迎えている。赤ちゃんだった子供たちは、もうすっかり大人になって、一人、また一人と巣立っていこうとしている。
そんな中で、この時計だけは、変わらずに私たち夫婦のそばでいてくれる相棒のような、戦友のような。

久しぶりに壁から降ろされて、ダイニングテーブルに寝かされた時計に、セスキ水を吹きかけて、ガラスの表面を拭く。油とホコリでべたべたしていた表面がつるんとして、くすみが取れて、文字盤がくっきり浮かび上がった。

次の電池交換をする頃には、我が家はどんなふうになっているだろうか。

この時計もいつかは壊れて、私たちから離れていくかもしれないけれど、その日まで、もうしばらく一緒に暮らそう。

いいなと思ったら応援しよう!

RUMI
サポートいただけると、明日への励みなります。