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弾込めの時期

去年1年間はこれまで経験してきた全てを収穫し、自身の血肉にしたような年だった。

直後には全部出しきった陶酔感があったのだが、出し切りすぎた故に自身の中が空虚になったことを最近強く感じている。

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自分は人と話すのが好きなのだが、経験が蓄積された状態では話す内容がコロコロ変わる自覚がある。経験を咀嚼する中で獲得した価値観により、世界の見方が次々に変わっていくからだ。しかし、ここ最近は同じ主張を繰り返す自分がいることに気がつく。

一旦咀嚼を完了し、確固たる信念を確立できたことが大きいのだが、変化をしないことに驚くほど落胆している自分がいる。「同じことばっか話すつまんねえ人間だな」と。

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変化をしないことは焦りを生む。

現在の自身の信念は揺るぎないものではあるが、変化しない限りは陳腐化するだろう。陳腐化した価値観が如何につまらないものか、世界を見渡すと自身がそれを強く感じる故に、変化しない自分に跳ね返ってくる。

こうして焦りは募るが、変化するための経験が手元にない。

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振り返れば3、4年周期で「経験フリーク期」と、それを咀嚼しようとする「お悩み期」を繰り返している。

前回は働き始めてからだ。
就職した直後は何も分からないまま、がむしゃらに仕事をしていた。しかし、今ではすっかり仕事のやり方がうまくなり、その経験に対する貪欲さは失われている。

仕事は圧倒的にできるし、このまま安寧に浸り続けることができるだろうという感覚もある。4月以降、その状態でさらに残業規制とテレワークをくらい、ぬるぬると3ヶ月近く働いてしまった。

何も変わらない日々と自分に焦りは積み重なり、腐りゆく自身の魂に嫌気を感じ続けることに耐えられなくなった。想像していたより遥かにしんどさを感じてしまった。

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しかし、変わるための材料がない状況である。

割り切るしかないのだろう、まずは経験を集めよう。

・異動したばかりの仕事と向き合おう、取り敢えず何も知らない自分を知る。

・10年以上逃げてきた物理、化学と向き合おう。現象解剖は圧倒的に自分の強みなので、そこに原理原則によるバックボーンを加えよう。まずは化学熱力学から。

・やってみたいと思ったことは素直にやろう。最近は取り敢えずバイクの免許をとったり、ギターを買ったり、スプラトゥーンをしたりしている。動画も撮ってみたいな、不景気で半減した給料は惜しげもなく使ってやろう。

・骨の髄まで向き合う人を持とう、見知らぬ土地に引っ越してきたがこれが一番重要だ。やはり彼女かな…

変われない他人は受容できるようになったが、自分を受容することは、最も自分が苦手とする事かもしれない。

まずはここから、26年目なので人生第二章。

起承転結の「承」は今日から始まるのだ。

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