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ジョニーとマリーの伝言ゲーム

単にペドロ&カプリシャスの「ジョニーへの伝言」と「五番街のマリー」がインスタのハモリ・チャレンジ(ハモリにつられずにメロディを歌う)にあったので暇だったので歌ってみたというだけなのだが、ふと歌詞について考えてみた。

架空の、日本人のイメージの中にあるアメリカのとある街での、すれ違いの男女の伝言ゲームの歌詞。

踊り子とその同棲していたたぶん売れないミュージシャンとの話。マリーは西でも東にでも行ってしまうと言うから、西端のLAとか東端のNYということでなくて、どこか中西部の街なのか。

酒場のバーテンなのか、常連でふたりの共通の友達みたいのが、伝言役にさせられている。

しかし、マリーというのはやっぱりアメリカだとメアリーであって、このフランス語っぽいマリーはより最近のきらきらネームかなあ。この歌を聞いた後、70年代に始めてカルフォルニアに行ったのだが、メアリーという同級生は何人かいたが(既にちょっと古い名前だったかな)、マリーというおしゃれな名前の子はいなかった。

あれ?ジョニーとマリー、ジャニーとメアリー、もしかしてどこかの芸能事務所を暗喩?そんな、ことないな。1970年代のヒット歌謡曲なので。

大学受験から大学時代にジャズとラテン音楽に耳が洗礼される前はアメリカンポップス一辺倒だったし、その前の中学生時代は昭和のアイドルやフォークソングを日々聞いていた。これらの曲はそのアイドル・フォーク歌謡曲時代の頃、ラジオから聞こえるヒット曲として脳裏に刻まれている、懐かしい曲。

五番街、実は、中学生の頃、「碁盤街」だと勘違いして覚えていて、京都のような碁盤の目のような街を思い浮かべていた。

それから15年くらいしてその勘違いが解けた瞬間があった。仕事でNYに移り住んだ時、最初のアパートがユニオン・スクエアという広場の近くで、その近くに五番街、フィフス・アベニューがあった。そこを歩いていたら、なぜかこの五番街のマリーの歌が脳裏に蘇ってきて、五番街にいったならマリーの家を探し、、、あ、そうか、あれは碁盤でなくて五番だったかとひとり納得。

しかし、じつはマンハッタンの五番街はミッドタウンでは高級ブティックが並んでいて、セントラルパークあたりだと公園の東の縁なので高級コンドが立ち並ぶ地域。踊り子マリーが住んでいそうな通りではなかった。

歌詞だが、ハモリで噛みしめて歌ってみてつくづく思ったが、マリーは伝言役に、「お酒のついでに話してよ」「友達ならそこのところうまく話して」なんて伝言役に無茶振りだな。

ジョニーも「幸せなら寄らずにほしい」「悪いけどそんな思い察してほしい」なんて五番街視察の友達に自分勝手な無理いってるよな。

伝言役がかわいそうな歌だが、50年たっても色あせない、作詞阿久悠・作曲都倉俊一コンビの昭和の傑作だと思い、しみじみ歌ってみました。


この名古屋ボーカルスクール校長さんのインスタいいですよ。 ■

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