【連続小説】スモール・アワーズ・オブ・モーニング(2) 第二章 ソウルマン
屋上でのリハの休憩で、教授ことリード・ギターのダニーが、ブルースうんちくをたれる。
「(この曲ソウルマンは60年代のサム&デイブによるヒット曲。60年代後半は、ベトナム戦争が長引いて市民権運動も高まっていた時代で、この曲は67年のデトロイト暴動の後に書かれている)」
茶色のあご髭をぼりぼり掻いて、ダニーは続ける。
「(共同作詞作曲のヘイズは、その年のデトロイト暴動のニュースをみて、黒人がオーナーの雑貨屋とかで、オーナーたちが目印に外に "Soul" と書いたことでデモ隊の襲撃を逃れたという出来事にヒントを得てこの曲を書いたという。これWikipedia 情報)」
「(ユダヤ人である自分にはこれすごく心に響く。モーゼのエジプト脱出前にユダヤ人を迫害するエジプト人を神が罰するときに、ユダヤ人の家には印をつけておいたのでその神の罰が及ばなかったというのを、パスオーバー・過ぎ越しの祭りのときに繰り返し聞かされる。こっちは二千年以上前の話だけど。ちょうど来週がそうか。)」
「(オー、ハッピー・パスオーバー!来週飲みに行こうよ)」マルが笑う。
教授は笑って続ける。
「(過ぎ越し・パサハは、出エジプトの記憶を忘れないようにということで、当時の質素な食事をとって、その物語を聞かされる。酒は飲まないんだよね。残念ながら)」
「(それで、"Soul" という御守りの言葉でデトロイトの勤勉なアフロ・アメリカンな商売人の店が暴動の難を逃れた話だけど、そういうまじめに働いて自分の商売やって家族を支えている黒人のおやじさんたちをたたえて唄ったのが、この唄ソウル・マン)」
「(ソウル・ミュージックのルーツは、60年代にゴスペルがブルースの影響を受けてうまれたと言われていて、一方で、リズム&ブルース、R&Bは、黒人の労働ソングから生まれたと言われている。なのでR&Bはリズムに特徴があって、ゴスペルの影響があるソウルはそのメロディーの展開に特徴があったりする。たとえばソウルは、コール・アンド・レスポンス、つまり掛け合いがあったりとか)」
シンガーのブルースが、ソウルマンを歌い出す。
「(土埃りだらけの道をお前に会いにいくぜ、クールな愛はトラック荷台いっぱいあるぜ、なぜなら、アイ・アム・ア・ソウルマン~♪)」
そこで「パラッ・パ・パー、パラッ・パ・パー♪」と、ホーン・セクションのジョーとシンイチがくちホーンを入れる。
「(それ、コール・アンド・レスポンス!)」と教授が解説。たしかに、ボーカルとホーンが掛け合いになっている。
「(飯食うのを覚える前に愛することを覚えたんだ、と唄うソウルマン。がんばって汗水流して働いて、愛する女性を思いっきり愛するぜ、というアフリカン・アメリカンとしての誇り、それがソウルマンの唄っているところ)」
「(まあ、女性を思いっきりラブラブに愛するソウルフルな男というと、ここにいる俺たちのなかでは、我らがバンド、ブラザーズ・イン・ブルーのファウンダーのマルみたいなやつのこと。マルさん、あんたはかなりソウルマンだよ)」と教授がニヤけて言って、手に持ったビール缶をちょっと上げて讃える。
ヒロシが隣に座ったシンイチに日本語でつぶやく。「教授の英語よくわかんないけど、ソウルマンって、ソウルな男、ちょー女好きの男ってことですよね?」。マルと長年のポン友のドラムのトシがそれを聞きつけて言う、「大当たり!それそれ。マルの場合、ソウルマンというより、歩く下半身、ソウル・マルっていう感じ」
「トシ、それ、座布団没収」とシンイチ。
山田マル、本名、丸俊(マルトシ)。1954年生まれ、当年2015年、61才。
シンガポールで小さな広告代理店を経営。ベースは高校時代から弾いているので、はや45年くらい年季がはいっている。
滋賀県の琵琶湖のほとり、彦根市出身。高校のときに自分の画才にめざめて、美術部の先生にはお前には才能がないとけなされながらも、ひたすらデッサンを重ねて、東京の有名美大に2浪で合格。その頃、彦根の名画座でみた映画ロミオとジュリエットで、オリビア・ハッセーに恋に落ちる。
美大ではポップスの音楽サークルに所属してベースを弾く。なぜかカントリー・ウェスタンのサークルだったが、当時全盛だった日本のフォークとかロックっぽい洋楽のコピーのバンドをやっていた。自慢は、ユーミンこと松任谷由実と同級生だったこと。でもすでに学生デビューしていた彼女と、しがないサークル活動のバンドマンとは音楽的接点はまったくなしで、いくつか授業がいっしょだったというだけではあったが。
ドラムのトシは、その頃からのマルのポン友。学生時代もずっと同じバンドで、卒業してからも、ふたりとも海外生活が長くあまり同じ国にいたことがなかったが、やっとアラ還になった今、3年前からシンガポールで重なってまたくされ縁が復活。2度めの離婚をすませて一人暮らしのトシは、よくマルのうちに来ては酒を飲んでいる。
トシは美大では彫刻専攻だったが、はや自分の才能の限界と、将来に飯をどうやって食っていこうかという課題につきあたり、はやばやと建築家の道を選ぶ。そして、途上国の日本の援助の建設の設計をどんどんこなしていく。
最初のアメリカ人のおくさんとはネパールに7年、ケニアに6年、アメリカに3年滞在。その後2度めのオーストラリア人の奥さんとは、南アとラオスを経由して、その後離婚。今は、シンガポールの設計事務所に籍をおいている。
マルの方の人生は更にもっと波乱万丈。6年して美大を卒業した後、イラストレーターの職を探すが、単発の仕事しかなく、食っていけない。それで、地元の滋賀県にもどって、一時期なんでも屋をやっていて、当時ラジオDJまでやっていたという。そうそう、学生時代は音楽サークルのほかに落研にも所属して落語にも親しんだが、そのおかげか、しゃべりはうまく、担当したラジオ番組は好評だったという。
その、なんでも屋時代の思い出話が、マルが酔ってくるとトシとの漫談のように反芻されてくる。それがけっこうおもしろかったりする。
ある時、彦根でコンサートをやる芸能人のお迎えの運転手のバイトの仕事があった。なんと、アーティストはすでに人気絶頂のユーミン。マルは深々と運転手帽をかぶって黙って車を走らせていたが、「あれ?山田くんでしょ?」「いえ、違いますが」「うそうそ、絶対、山田くんだ」「人違いです」「山田くん、やめてよ。滋賀出身だったもんね。久しぶりじゃない」と、身バレしてしまったというオチ。
そんなマルにもチャンスがめぐってくる。それが29才のとき。最初の美大同級生の日本人女性との結婚から2年で離婚して次どうしようかと思っていた頃、メルボルンで広告代理店が人を募集しているよという話が舞い込む。オリビア・ハッセーちゃんに会える!と、あまり深く考えず(オリビア・ハッセーは英国人だったし、すでに布施明と結婚していたのでは)、英語の履歴書を航空便で送ったら見事採用。それから、なんだかんだ10年ほど、オーストラリア在住となり、最初のオーストラリア人奥さんにパブで出会って一目惚れで電撃結婚、第1子をもうける。
ラブラブであったそうだが、月日は経ち、いろいろあって、職場でマルを仕事面で支えてくれた優しくそして小柄でブロンドがきれいな同僚と浮気してしまった。平日、ふたりで休暇とって釣りに行っていたところを、奥さんの知り合いに目撃されてしまってアウト。離婚協議で長男の親権は奥さんがとって、マルは追い出される。そして結婚したのが、今の奥さんのロシェル。ロシェルとは思い切ってそのオーストラリアでは中堅の広告代理店を辞めて、シンガポールに移住したのが15年前。
マルは酔っ払うとよく言う。自分の人生をごく簡単にまとめてくれる。「オリビア・ハッセーに恋に落ちて、海外に出てああいう可愛い子と付き合って、かっこいい車に乗れるような人生を送ろうと思って突っ走ったら、早、海外在住30年、還暦突破よ」
ソウルマンの唄みたいに、惚れた女にはトラックの荷台いっぱいのラブを持って体当たり、教授が言う通り、「ジャパニーズ・ソウルマン」の称号がぴったりなおやじだよな、とシンイチは思う。
その日の練習は不思議な盛り上がりを見せて、近所から苦情がくるぎりぎりの8時まで音合わせをして、お開きとなったが、盛り上がった余韻惜しく、結局、ピザをとって、みんなでビールでの宴会となる。
北緯1度の熱帯のシンガポールで3月でも日中は30度を超える暑さだが、夜になると海から涼しい風が吹いてきて、気持ちがいい。
マルが、パソコンをプロジェクターにつなげて壁に投影、PAとマイク・スタンドをたてて、カラオケステージを用意する。それで、その夜は深夜まで、カラオケナイトとなる。国籍、世代は違えど共通で歌える曲はあるもので、ビートルズの名曲とか80年代のロックとかを延々と唄った。
まあ、みんな一応ミュージシャンなので、あまり知らない曲でも、なんとなくあわせてハモったりはできる。ヒロシは生ギターで、シンイチはベルの部分に一応タオルをいれて減音したアルト・サックスで即興の伴奏をのっけたりした。それが拍車をかけて、盛り上がりに盛り上がり、延々、終わったら朝の4時だった。
「こういう、深夜っていうか、夜明け前のことを、wee small hours of the morning って言うんだよ。シナトラがそういう題名のジャズ・スタンダードを唄ってた」とマルが酔って日本語で言う。
「そういう夜明け前のスモール・アワーズが、ザッツ・フェン・ユー・ミス・ザモースト、一番人恋しくなるってな」
翌日は日曜であったが、シンイチは仕事のアテンドがあった。二日酔いで痛い頭を頭痛薬でごまかしながら、朝10時にホテルへクライエントをピックアップへと向かった。
同僚のマサシは既にホテルロビーに来ていた。「シンさん、遅いですよ。もう5分前ですよ。事前打ち合わせできないですね」
「わるい、わるい。すごい二日酔い。今日、お前、しゃべりよろしくね」
「え、聞いてない。今日って結構大事な政府系の教育研究所の人の視察でしたよね。なにをしゃべればいいのか。」
「政府が始めた、高校のスーパー・エクセレント・グローバル校認定制度の視察らしいけれど、要はちょっと国際的なことをやるという計画あれば補助金だしますよというような制度らしいから、日本の高校のネタになるような、インター校との交換留学とか交流会とかディベート大会とかをアレンジ可能ですよといっておけばいいよ。生きた英語教育が大事だとかなんとか」
「スーパー・エクセレント・グローバル?なんですかそれ?」
「知らないのか、不勉強だな。国際人育成のため、スーパーでエクセレントでグローバルな取り組みをしましょうってこと。生花や剣道ができて英語がペラペラの国際人を育てて、日本も巨額の拠出金を税金から払わされてる国連とか国際機関で、湯水のようにぱっぱと我々の税金を使ってくれちゃってる国際公務員になってもらってちょっとは国として取り返しましょうってなことよ」
「なるほど。国連のやつら若い頃から出張はビジネスクラスで、途上国駐在したら豪邸住んで、どこでも所得非課税だっていいますもんね。ありゃおいしいわ。がんばれ日本人若者」
毎週末の練習のおかげで、「エブリバディ」や「ソウルマン」は、けっこう整ってきた。「シカゴ」とか「ノックザウッド」とか「テイル・フェザー」とかまだまだ人に聞かせるには程遠かったが。
「やっぱ、キーボード欲しいし、ホーン・セクションが足りないな。トロンボーンとサックスもう1本絶対欲しいな」シンイチは思った。
マルはマルで、「バンド、男ばっかだな。やっぱ、女性必要。キーボードか、あるいはバックコーラスでかわいこちゃんボーカルいれてもいいな」といろいろ考えを巡らせていた。
「(待望の女性メンバー見つけた!)」ベースのマルが嬉しそうにアナウンスする。「(ピアノやってたらしい。なのでキーボードね)」
教授ことリードギターのダニーがちょっと不安そうに聞く。「(ブルースとかやったことあるよね?)」
「(うーん、昨日飲み会で話しただけだからわからんけど、来週土曜日の練習のときに呼ぶから、まあそれがオーディションということで。)」
ボーカルのブルースがつけくわえて言う。「(ジャズのビッグバンドでトロンボーン吹いてるマレーシア人が来てくれるかも知れない。シュー(Shoe)とかいう変わった名前のやつだけど、けっこううまいらしい。それも来週以降ね)」
毎週土曜日午後の30階のペントハウスでの練習の後、メンバーたちは、ゆるゆると夜にむけて飲み始める。
大気が湿気を帯びてると夕焼けの赤がより濃くなるのだろうか。北緯1度熱帯の夕陽は燃えるように赤い。それがだんだんと闇に包まれていって、夜8時頃にやっと夜の空が広がる。大都市の煌々としたライトに覆われたこの山手線くらいのサイズの島シンガポールでは、天気がいい夜でも星は見えても数えるくらい。くっきりと見える月だけが夜空に浮かんでいる。
「マルさん。こないだ来てた最初の結婚の息子スティーブってもう30才くらいですよね」シンイチがマルに聞く。
「マルさんところは、息子がティーンエイジャーの頃って、うまく会話ありました?オヤジと息子の会話。いまうちの長男が14才で反抗期なんですよ」
セイラージェーンのラム・コークをぐっと飲み干して、マルがさらっと言う。
「俺?知らないんだよ。離婚したのが息子が2才の頃で、親権はあっちだったから。それで、2年前に息子の方から20年以上ぶりに連絡してきて会ったら、もう大人。それで大人同士の会話よ」
「あ、そっか。それもある意味、いいパターンですよね。まあ、男なんてまずはオヤジに反抗して飛び出して、社会を知ってからオヤジの有り難みを知って慕ってくるみたいな感じですからね。反抗する部分を省略したみたいな」
「(なんの話題?)」いつものように、ブルースがビールを片手に絡んでくる。
「(オヤジと息子の関係の話。人類共通のオヤジの悩み。)」シンイチが説明する。
「(それね。うちは息子2人はまだ2才と3才だからまだまだだな)」とブルース。「(いまのうちに楽しんどいてな)」とシンイチ。
「(うちは女・男・男だから、いまは娘と母親のバトルだけど、数年したら俺と息子の番かなあ)」と、ダニーがつぶやく。「(ユダヤ系の家は、母親が強いんだよ。子供の成長の中では、おやじはおまけみたいなもんだな)」
「(ダニーのところはいつオーストラリアに移民したんだっけ?おやじさんの時代?)」
「(いや、爺さんの時代。戦前のポーランドから爺さんがまだ小さかった親父たちを連れて移民した。まだヒットラーがポーランドに来る前だった。ラッキーだったともいえる。爺さんの兄弟とか親戚で行方不明になったのが結構いる)」
「(嫌な時代だったよな)」とブルース。「(うちはオヤジの時代にオランダから移民した。もう戦後だったけど、経済的な意味での戦後のヨーロッパのごたごたを離れて、新天地オーストラリアにやってきた。)」
「(ブルースってオランダ人だったんだ。どうりで背が高いよな。ラストネームは英語っぽいが)」とナガト。
「(親父が英語っぽく変えたんだよ。たしかホントの名前はもっと子音がはいってた)」
「(そういえば)」とマルが、しみじみした異文化交流会話を遮るように言う。「(キーボードのさっちゃん、けっこうかわいいんだよね)」
「(さっちゃん?それファーストネーム?)」とブルース。
「(さち。たぶん、さちこが本名。ちゃんってつけると日本語では可愛い感じになる呼び方。なんで、さっちゃんでいいよ)」「(仕事関係のカクテルパーティで会ったんだけど、ブルースバンドたちあげたっていったら、私ピアノ弾けます、ぜひ入れてください!だって)」
「(マル、期待高まっちゃったよ。来週来るんだね?よし、来週休まず来よう)」とブルース。
「(うーん、テイル・フェザーのレイ・チャールズのあのイントロがちゃんと弾けるといいが)」とダニーが独り言を言う。
夜9時を過ぎて、外人たちが帰った後、残った日本人4人でピザをとって引き続き飲み会となる。
「そういえばさ、先週、このコンドミニアムで人が高層から落ちて亡くなったんだ」とマルが言う。
「え、事故だったんですか?」
「それがよくわからないらしい。25階くらいから、オープンになっている通路から落ちて、敷地内で倒れていたのを下の人がみつけて救急車よんだらしいが、もうだめだったらしい。自殺でも他殺でもない、たぶんなんらかの事故だったんだろうという話だ」
「亡くなったのはフランス人の40代の女性で、俺はとくに知っている家族ではないんだが、旦那と10代の娘があとに残された」。ピザをセイラージェーンで喉に流し込みながらマルが言う。
「事故って突然起こるよな。不慮の事故で偶然の産物で、それ自体にはなにか深い意味があるものではないんだが、残された家族はそれから一生その事故について何千回も何万回も、なぜなんだという問いを繰り返すことになる」。トシがセイラージェーンのストレートをビールのチェイサーでくっと飲み干して言う。
なぜかトシは、いつもハードリッカーはストレートで味わって、水とかビールのチェイサーでくっと飲み干す。けっしてその飲み方を変えない。還暦すぎたらそういうのはもう変えられないんだとも言っていたが。
「トシにしてはいいこというじゃん」とマルが40年来の親友としての条件反射のように、あまり深い意味はなく、冷やかす。
「人生のハプニングの意味なんて、とくに深いものはないんだよな。たまたま起きるんだよ。たまたま。たまたま。たんたんたぬきの、んたまは、風もないのにぶーらぶら」
「ナガトがいま忙しいタイ人のおくさんとの離婚問題も、とくに深い意味はないよ。そういうことになったからそうなっただけで」、マルが言う。
「え、ナガトさん離婚するんですか」と、ヒロシ。
「そういうプライベートなことは言わんでくださいよー」と、ナガトが頭をかく。
「まあ、そんな「たまたま」ばっかりのこんな世の中。でも我らがバンドは違うぞ」と酔ったマルが立ち上がって言う。
「Mission from the God! 神からのミッションなんだよ。ジョン・ベルーシが教会で啓示を受けたみたいに、俺たちもこのばか暑い熱帯の島で、多国籍のブルースバンドをたちあげるミッションをしてるんだよ!」。
遠くに隣国マレーシアの明かりがかすかにみえる、北の方を見据えて、グラスを挙げる。
「風もないのにぶーらぶらに比べたら、我らバンドには、追い風来たかな。そういや、今晩も夜風が気持ちいいな」とトシ。
「トシ、そのぶーらぶら発言に、座布団3枚。おまえ、今晩、冴えてるな。いつもと大違いだ」。マルが笑う。みんなが笑う。
「シンさん、いやー、こないだの日本からの視察、最悪でしたね」マサシがぶつぶつと文句を言う。
「くさらない、くさらない。ああいうのにも付き合うのが、仕事。お仕事」とシンイチ。
「でも、たしかに、あのスーパー・エクセレント・グローバル高校の視察はひどかったな。上から目線の、国際人材養成って、意味不明だよな」
「勘違いそのものでしたよね。勘違いが服着て歩いているような。国の予算つけて、国際人として活躍してもらうための交流事業でディベートとかやると。それがスーパーでエクセレントでグローバルな人材を育てると」
「そうだよな。ちょっと外国に自分で住んでみれば、国際人材だから世界をまたにかけて仕事してるんじゃなくて、やらねばいけない仕事があるから国を越えて国際的になるだけなんで、英語とか言葉なんて必要に応じてついてくるものなのにね」
「そうですよ。いつも例に出してあれですけど、シンさんのバンドのあの親父なんて、スケベ心があって海外出て、それでモテたい一心で一生懸命に英語を身につけたわけですからね。世界平和について、なんてディベートさせても、国をでて外で頑張るガッツというか、目的がないとだめですよね」
「まあ、目的とかはっきりなくても、ぶらぶらでもいいじゃないかなあ。世界を舞台に働こうという意欲があれば、とりあえず外に出て。」「若い頃は、ぶらぶらするだけでも、まずは海外にでる、でいいとおもうんだが」
「賛成です。僕も意味なく大学時代から海外に出て、ぶらぶらしてたら、30なってもシンガポールでぶーらぶらですよ」とマサシがパソコンを打ちながらつぶやく。
シンイチはしばらく黙った後で、独り言のように言う。
「かーぜもないのに、ぶーらぶらか」
「え、それ、たんたんタヌキの?ですか」
「そうそう、人生、たんたんタヌキのぶーらぶら」
「ハハハ、逃げ恥ときたか」と、椅子にのけぞってスマホの画面を見ていたシンイチが可笑しそうにつぶやく。
「いま流行ってますからね。オレもカッページの飲み屋で教わって、出だしのところくらい踊れますよ」と、PCに向かって学校視察訪問のスケジューリングをしていたマサシが手を休めて反応する。
「これ、うちの息子と娘の行ってるインター校の国連デーの動画なんだけど、日本人生徒10人で踊ってるんだよ。キレッキレの踊り。どんだけ練習したんだお前らという感じ。お馬鹿インターだよな、この情熱でもっと勉強すればいいんだが」とスマホ画面をシンイチが見せる。
「たしかに。キレッキレ。息がぴったりあってる。女の子の浴衣姿がかわいいですねぇ」
場所かわって、また屋上での練習風景。
「おおっ、こいつら愛されてんなあ」。ビールを片手にシンイチのスマホを覗き込んだマルがつぶやく。
リハの休憩時に、シンイチが自分の子供が通ってるインターの国連デーの日本人生徒の出し物の、逃げ恥の踊りの動画を再生して見せていた。
「周りでみてる白人やら黒人やらインド人やら、みんなキャーキャーとえらくウケてるじゃん。こいつら正解!出し物は、自分たちでもわけわからん日本舞踊や盆踊りじゃないよな。逃げ恥をみっちり練習してお披露目しようと考えたやつ、いいセンスしてるよ。ビシッとキレキレにあわせて踊れば、逃げ恥なんて知らない外人もなんだこれ凄いなとなる。これはいい。こういう若者がいるというのは、日本の将来も明るいな」、白髪がまじったヒゲをなでながら、マルは何度も何度も頷いている。
「エリート・インター校だと、成績を廊下に張り出したり、卒業生の進学先大学リストが凄かったりするんですよね。そういうエリート校国際人材は、たぶんこんな『逃げ恥』踊ったりしない。ニッポンの心、茶道、生花、日本舞踊、空手、剣道とか。その点、うちの子らのはお馬鹿インター。これ放課後1ヶ月くらいみっちり練習していたらしい」
「でもなんだよな。エリート進学校は親からの寄付がものを言うっていうしな。金持ちぼんぼんのアホなやつも結構いるって聞くよ。こないだ聞いたのはさ、超がつく金持ちの子が自分の最新のアップル・ウォッチを毒蛇がいるかもしれないジャングルの茂みにわざと放って周りにいた同級生に、あれ拾ったやつにやるよ、と言ったらしい。あほか、おまえ何者?いまどきなにやってんだよっていう感じ」
「オレそのアップルウォッチ拾う」とメンバーで一番若いヒロシが笑う。
「この国、コブラもいるぞ。おれ見たし」とドラムのトシ。「先月、藪の横を通ったら道に頭上げて威嚇してたよ。シャーシャー唸ってた」
「ふるさとだなあ」とマル。「うさぎ追いしあの山〜、コブラつりしあの川」
「それを言うなら、小ブナ」と丁寧にナガトが訂正する。ナガトはいつもそういう役回りになっている。
「でもおもしろいのは」とシンイチが続ける。「うちの子に新学期でどこの国の子が転校してきたんだ?と聞いたら、知らないというんですよ、どこの国から来た子か。でも、国籍や人種はよく知らんのに、すぐに『うざい奴』、『いい奴』の区別はつけるらしい。先週も2人入ってきたけど、国籍しらないけど、結構いい奴っぽい、といっていた」
「それって俺たちブラザーズ・イン・ブルーみたいだな」マルが変にバンドリーダーらしいせりふを決めようとする。
「国籍不問、人種不問、ブルースへの愛があれば、みんないい奴、いい仲間、世界は一家、みんなブラザーズ」残念、ちょっと字余り。
そこへ教授ことダニーが会話に加わってくる「(そのビデオの曲、エスニックっぽいサウンドだな。インド?ボリウッドはいってるよな)」「(日本でもボリウッド流行ってるのか?)」
ナガトが律儀にそれに答えようとした時、大きな楽器ケースを抱えた、浅黒いサングラスの奴がはいってきた。
ブルースがその男に手を挙げて叫ぶ。
「ヘイ、シュー!ユーアー・レイト、メン!ハウ・ハブ・ユー・ビーン?」
すると、そいつはサングラスをはずしてニコッと笑う。
「(道にまよっちゃって。こりゃ、ペントハウスとは気持ちがいいなあ。すごいなこの眺め)」と楽器ケースを置いて、屋上を見渡す。
眺める先には、熱帯の空気で霞んだシンガポール島のダウンタウンの高層ビル街とマリナ・サンズの船がビル二つの上に乗ったようなホテルの建物が見えている。
明らかにネアカの、そして明らかにマレー系のくったくのない笑顔。その30才くらいの中背の男は自分をシューと呼んでくれという。
シンガポールの大学のビッグバンドにいて、ブルースとはある演奏会でブルースが唄った時のバックのバンドでトロンボーンを吹いていてそれで知り合ったという。
マレーって、アジアのラテンだよなあ、とシンイチは思う。フィリピンとか明るい中華のやつとかがラテンと思った頃もあったけど、やっぱこのマレーのウェットで人懐っこい感じってラテンだよなと密かに思う。
「(シューって靴のシュー?)」とヒロシが皆がそう思ったがどう口にだそうかと思っていた質問をする。
「(シューゲイザーっていう音楽のジャンルがあって、昔それが好きで。それであだ名がシューになっちゃって)」とシュー。
シューゲイザー?ダンスパーティでパートナーがみつからず、壁の花で、靴ばっかりみている人?そんな感じはしないが。靴みる人???皆、首をかしげる。
教授ダニーが解説する。「(シューゲイザー(shoegazer)とは80年代後半にイギリスで誕生したロックの一種であり、甘美で浮遊感のあるツインボーカルと極限まで歪ませた轟音ギターが独特な世界観を作り出す。語源には、ペダルボードエフェクトの多用のために常に足元に目を落としている演奏者の姿を表現したものという説もある。以上Wikipediaから)」
「(教授の見なくても蹴っ飛ばして操作できる、超シンプルなエフェクターボードとは大違い)」マルが茶々をいれる。皆が笑う。シューも笑う。和やかな感じで、リハ後半へと突入する。
トロンボーンが入るということで、さっそく、インスツルメンタルな曲をやってみる。Peter Gunn。映画のブルース・ブラザーズでカーチェイスのとき流れるアメリカのTV探偵もののテーマ。2ステージ目の頭でやろうと、教授は頭の中で来たるライブハウスでの演奏でのプレイリストを組み立て始めていた。シューはさすがビッグバンド奏者、譜面初見で難なく吹けてしまうし、ソロもなかなかきまっている。
実はシンイチは大学のジャズ研が音楽の起点なので、譜面がよく読めない。当然譜面というものがどういうものなのかは知っているんだが、初見でリズムとって吹けといわれるとお手上げなのである。まあ、それができない分、コードでやるアドリブでは束縛がなくて自由にいけちゃうというのはあるんだが、ミュージシャンとしては対応力悪く、ダメダメ。しょうがないので、譜面のところに、決めのフレーズやハモる部分に、ひらがなで「ぷっ、ぷぷー、ぷぷぷぷ。それを2回繰り返し」とかメモっていた。
シューがシンイチの譜面をみてニヤリとして言う。「(シン、この、ぷっつ、ぷぷーってなに?)」。
「(え、ひ、ひらがな読めるのか?)」とても驚いて、シンイチはきく。
「にほんごちょっとだけ。でもひらがなは3ねんまえに、ぜんぶべんきょうした」と、マレー系のくったくのない笑顔で答える。いやー、「ぷっぷぷー」なんて恥ずかしいなと思いながらも、人はみかけで判断してはだめだなとつくづく思う。聞くと、シューは言語学でいま博士課程にいる学生だという。
トロンボーンがはいって、バンドの音の厚みがいちだんと増してきた。サックス、トランペット、トロンボーンがうまくハモると、教授がニコリとしてバンドメンバーを見渡す。マルもそれをみて、なかなか満足げであった。
リハに2時間遅れて、「ごめんなさい、急用がはいってしまって」と大きな茶の丸いサングラスをかけた日本人女性がはいってくる。
マルがニコッと笑って声をかける。「さっちゃん、いいよいいよ。よく来てくれた。お待たせされました、お待たされすぎたかもしれません」「ヘイ、ガイズ。ディスイズ・ザ・レイディ・アイ・ワズ・トーキングアバウト。シー・イズ・サチ」と紹介する。
サングラスを額に上げると、さちと紹介された女性は、ペコリと挨拶する。年は30代、ショートカットでナチュラルなメークで、小柄でスレンダーな感じ。
「(キーボード担当です。ブルースあまりしらないけど、マルさんが楽しいから来てみてというので、寄らせてもらいました。アイム・サチコ、ユーキャン・コール・ミー・サチ。よろしく)」と自己紹介する。
「えっ、これって譜面ないんですか?」キーボードの前に座った、小柄ながらもグラマーな女性が聞く。
北緯1度の太陽が照りつける灼熱の屋上に、しらーっと、寒い空気が流れる。いや気のせいか。屋上の小部屋のドアから漏れでたエアコンの空気か、とシンイチは思う。
「サッちゃん、ブルースのコピーバンドなんで耳コピーよ」マルがにこっと笑って応える。「テキトーに聞いたまんま、フィーリングでね」
「(このブルース・ブラザーズ映画の前半の見せ場で流れるシェイク・ユア・テイルフェザーのイントロは、楽器店主の役のレイ・チャールズがテキトーにフィーリングで弾いたもの。そっくり真似なくてもOK。彼の手垢みたいな装飾音盛りだくさんだし)」教授ことリードギターのダニーがそう言ってから、さらに付け加える。
「(彼は盲目なので、楽譜は見てなかったしね)」
「(そこのターララ・ララララは、単純にタータ・タタでいいんでない?)」とかトランペットのシンガポール人ジョーが助け舟を出したり、
「(テキトーにイントロっぽいのを弾けばいいんでない?)」とトロンボーンのマレー人シューが言うが、サチはちょっとパニクっている。
「私は出身はクラッシックの人なので、譜面ないと困るのよ」と、サチはしかめ面をする。「サッちゃん、いいよいいよ。テキトーで」とマル。
そこへ、「(練習の時間も限られてるから、イントロなしですぐ頭はいって通してやってみよう)」とダニー。
有無を言わさずカウント、ワン・ツー・スリー・フォー。
初合わせにしては、なかなかいいノリ。トランペット、サックス、トロンボーンの三管編成のホーンセクションのハモリに厚みがある。イントロではあれだけて手こずっていたキーボードも、けっこうかっこいい合いの手のバッキングをいれている。
それに乗って、ボーカルのブルースはノリノリ、ニワトリの真似したり猿の真似をしたり踊って歌う。つくづく、この男、ショーマン。盛り上げてくれる。
演奏が終わると、教授がニコッと笑う。「(悪くないんじゃない?サチ、バッキングよかったよ)」サチもやっとニコリとする。
「へんなバッキン(グ)だったら罰金とろうと思ったよ」とマル。日本人だけ笑う。それにつられて、他の連中も笑う。
また、6時頃に突然のスコールが降ってきて、雷もごろごろきてたので、練習は早々に切り上げる。何故かシンガポールは世界でも有数の雷発生地域のひとつ。世界では毎年2000人以上が雷で命を落としているというし、落雷、あなどれない。地震、雷、火事、親父。雷は地震よりはましだが親父よりは怖い。
昼間の仕事が建築家のドラムのトシが言う。「このペントハウスの避雷針は不十分だな。避雷針のてっぺんから線を引いてそのカバレージにはいればOKだが、シンちゃんの今いるあたりはその外だ。オレのあたりはOK」。でも今、雷落ちたらみんな黒焦げだよな、とシンイチは思うが。
たまたま、日本人以外のメンバーは用事があると帰っていったため、残った日本人6人で、ピザでもとって飲もうということになる。よくあるパターン。とくにマルの奥さんのロシェルが外出でいない夜には。
「今日はさ、サッちゃんのバンド・デビュー、歓迎会ということで」とマルが手にしたローカルブランドのタイガーの缶ビールを上げる。
「え、わたし、オーディション合格ですか?教授に見放されたと思った」とサチ。たしかに、リズムにうるさいダニー教授は黙って渋い顔をしていた。最後には笑っていたが。
「オレがバンマス。バンドの創設者だから、オレがガッドなわけ。ミッション・フロム・ガッド。あんた、ハイヤード!」とマル。「それより、サッちゃんについてみんな知りたいので、質問タイムね」
「出身、婚歴、好きなミュージシャン」と、一番若く年が近そうなヒロシが聞く。
「出身は福井の漁村、田舎です。婚歴はドイツ人と1回、いまの旦那はフランス人、別れるかもしれないけど。東京の美大、あ、マルさんのライバル校ね、卒業して会社勤め後にフリーランスのイラストレーター兼、国際結婚の専業主婦」
「兼職してたら専業主婦じゃないでしょ」とナガトがつっこむ。「ナガト、お前はいつも細かい!」とマル。
「好きなミュージシャンは、クラッシック以外はユーミンとかくらい。あまりポップスは興味なかったけど、ブルースっていいですね。まだ知らないんですけど」
「いいのいいの、俺達が教えてあげるから」
「でも、国際結婚2回って、マルさんもびっくりの国際人だけど。あ、マルさんは今回が3度目か。きっかけはどういうことで?」とヒロシが真面目に聞く。
「え、マルさん、3度目なんだ。わたしは、少女マンガの延長かな。ブロンドで青い目のかっこいい人に憧れて、ヨーロッパ旅行してたらいろいろ出会いがあって」
おっと、女マルみたいな、欲望ストレートな国際人日本人でてきたなあ、とシンイチは思う。さすがにマルのオリビア・ハッセイと時代が違うだろうなと思い、聞く。
「やっぱ、映画のロミオとジュリエットのレオナルド・ディカプリオあたりの年代?」
「え、シンさん、なんでそれを。わたし、10代でレオ様に恋に落ちて、それからブロンド一筋、それで三十路の今に至る、なんです。今の旦那はデブなんですけど、ブロンド・ブルーアイなんです」
マルは、なんだか、ニタニタして聴いている。同類相憐れむ、似たもの同士の親近感なのだろうか。
ペントハウスでのビールとピザの宴もたけなわ、だんだん、みんな酔っ払ってくる。サチもなかなか酒が強い。
酔っ払ったマルが言う。「サッちゃんさ、福井の漁村だったら北朝鮮に拉致されちゃった可能性もあったんだよな。そうだ、その設定で飲もうよ」
「???」
「サッちゃんは高校時代に突然いなくなったんだけど10数年して帰ってきて、今は福井の漁村のスナックのママをしている。俺たち、常連。オレとトシは漁業組合の幹部で、ふたりともサッちゃんを慕ってスナック通ってきている」。
なんと、地方の場末のスナックの設定。
「ナガト、おまえは町役場の収入係で真面目なやつなんだが、サッちゃんが実は好きなんだ。ヒロシはスナックのマスターな。シンイチはどうするかな」
「整いました」シンイチは変な役をあてがわれる前に自己申告する。「サッちゃんと同級生の近くのコンビニ店主。サッちゃんが北朝鮮で洗脳されたんじゃないかと疑っている」。この変な飲み会の展開は初めてではないので先手をいれる。
「じつは、サッちゃんは実は北朝鮮の工作員じゃないかとおもってるんすよ」
「シンちゃん、そげな怖いこと、根拠もなしにいうんでねぇ」と福井弁がわからないので変ななまりでトシが続ける。「サッちゃんはあれさよ、シングルマザーとして一生懸命8歳の息子を育てているんだべさ」
「え、わたし、8歳の子持ち?」サチがケラケラ笑う。
「こないだ、オレが磯釣り連れて行ったら、こんなでかいタイをつってたよ。あいつはいい漁師になるべ」とマル。
まあ、よくもこんな無茶苦茶な設定で話が展開するもんだという感じだが、酔いも手伝い、2時間、3時間と、漁村スナックのドラマは進んでいく。
結局、サチをめぐって漁業組合の二人であるマルとトシが争うんだが、案外、町役場のナガトがこっそり積極的な動きをみせる、というような。これ、どうでもいい話なので省略。
「と、いうわけで、サッちゃんはもう我らブラザース・イン・ブルーの貴重な一員、シスターだな。無茶苦茶な国際化の日本人でもあり、ソウルマンというかソウルウーマン、うん、ちょっと座りが悪いからソウルシスターって呼びたいね」
「マルさん、みなさん、光栄です。キーボードがんばります」とサチ。
「サッちゃん、どうぞよろしくね」と優しそうにトシが言う。だが、トシの脳裏にはトシだけの知る一抹の不安がよぎっていた。「またマルの悪い癖がでないといいが。女難の相がでてるなあ」と実家が寺でもあるこの霊能者は将来を危惧していた。
マルが言う。「もう深夜3時か。そろそろお開きにして寝て明日に備えますかね。こういう時は、シュレルズの Will you still love me tomorrow? を聴くもの。明日になってもまだ愛しててくれる?が切ない。
キャロル・キング作、黒人女性グループが初めて全米ヒットチャートでトップを飾った1960年の歴史的な曲。
ドラッグ・オーバードーズで20代で死んだ英国の歌姫、エミー・ワインハウスで聴いてみましょうかねえ。
アレクサ、プレイ、エミー・ワインハウス、アルバム。この曲、のちに2021年にTVシリーズ全裸監督S2E2のエンディングで効果的に使われたりする」
「マルさん、今、解説、ちょっとダニー教授みたいだった。でもこの話、設定が2016年あたりなので酔ったからといって未来を予言しないように」とナガトが釘を刺す。
(第3章へと続く)
(注) スモール・アワーズ・オブ・モーニング(英語): 夜半過ぎ、未明、明け方。