”Wake”はお通夜というより偲ぶ会だった 貯水池にひっそりと降りしきる雨
先週の日曜日に、当地シンガポールで英語では "wake" と呼ばれるお通夜に行った。
子供たちがえらくお世話になった、野球のリトル・リーグのコーチもやってくれていた日本人の知人で、享年62才。12年近い闘病の後、先週からICUに入っていたと聞いていた。木曜日に亡くなられて、日曜の火葬までの期間が wake (ウェイク)という、お通夜のような最後のお別れの期間と知らされる。シンガポール人の奥さんにも、3人の子供たちにも、とてもお世話になった。
シンガポール北東部にあるパーラー(Parlour)と呼ばれる遺体安置所・葬儀所?に、コロナのご時世、密を避けて事前アポ入れして、家族で最後のご挨拶に行った。知人シンガポール人いわく、葬儀はだいたい白い服装で、香典は普通の白い封筒にいれて、できれば奇数の金額で。
白といわれても白いシャツはあっても白いズボンはないので、僕は、故人が日本人だからと普通の黒い喪服のような格好にした。家内もおなじく喪服。18才の息子は現在所属の兵役での黒いズボンに白シャツ、15才の娘は学校のポロシャツみたいな制服にした。
パーラー(パフェを食べるパーラーや美容バーラーと同じスペリング)は、前がだだっ広い国有地なのか空き地に面していて、立派なお寺とかの並びにあった。たぶん、風水的にこういう空き地の前がいいのだろう。朝9時、貯水塔のような巨大な建造物とその奥のちょっとした森しか見えない空き地を、まだ熱帯の太陽に熱せられていない涼しげな朝の風が吹いてきていた。
パーラーは、とても近代的で清潔な感じの5階建てくらいの建物だった。てっきり、お通夜のイメージで会場では厳かに念仏とか賛美歌とかかかっているのかと思ったら、花でいっぱいになった広い部屋に遺体が安置されて、静かなBGM音楽がかかっていた。花は白っぽいのが主体だったが、黄色とか橙とか原色のもちらほら混じっていた。そして部屋には、6個くらい椅子のある丸いテーブルが5つくらい、ぽつんぽつんと置いてあった。
テーブルの上には、それぞれ、ちょっとしたお菓子と飴とミネラルウォーターのボトルが置いてある。壁の大きめのLCDでは、10秒くらいごとに50枚近い、故人のいろんなスナップショットが流されていた。若い頃の奥さんと行った南国の島とか、スキー場とか、プールで撮った子供たちとの写真とか。たしか新潟出身で、機械のメーカー勤務だった後に独立して自分の会社を経営していたと聞いていた。写真の知人は若く、楽しそうで、はにかみながら笑っていた。口数少ないが、スポーツマンの、いい親父さんだった。
受付でご遺族に挨拶して、故人に最後のお別れをする。棺桶の中に、安らかな顔の知人にお礼を込めて手を合わせた。息子は、一昨年、同級生のフィリピン人の子が癌で死去してそのWakeには出ているが、娘は親しい人の葬儀は初めて。成長していくなかでの大事な社会経験。僕は数年前に心臓発作で40代で早逝したカナダ人の知人のWakeに行ったことがあったので、シンガポールでは実は2度めの経験。
朝早かったので、我々家族だけだったので、奥さんと30分くらいお話する。前に会ったのが3年前くらいだったか。かつてのリトルリーグの仲間の家族をお家に呼んでいただいて、ずいぶん痩せてしまったが話すと以前と変わらない親父さんもいた。当時、息子さんが兵役中で、「入れ墨している奴らとかいて言うこと聞かないですけど、だんだんと打ち解けて話してみるとちゃんと言うこと聞いてくれるんですよ」と言ってたのが、18歳なのにすごいな大人だな、と記憶に残っている。親父もそれを横で聞いてて、にやりとしていたんだったか、よく覚えていないが、そんな風に記憶が再生される。結局、それが故人と会う最後となってしまった。
「最初診断されたときは、あと4、5年の命と言われたから、12年よく頑張った。家族も私も、悲しいことないよ。おとうさん、ありがとう、という感じ」と、いつも会うとエネルギー一杯だった奥さんが、しんみりと、静かに語ってくれた。
それで、お別れして、日本式に体に塩振って、家族でショッピング・モールに出て、10時すぎに遅い朝ごはんを食べる。久しぶりのモス・バーガー朝食だった。ライス・バーガーが美味しかった。
ふと脈絡もなく、あるいはとても脈絡があってか、数年前読んだ村上春樹の小説の一節を思い出した。池に降る雨の光景を思い浮かべるというような。そうだったと携帯のメモ帳を探すと、いいなと思って書き留めておいたその文章が見つかる。
彼らのことを思うとき、私は貯水池の広い水面に降りしきる雨を眺めているときのような、どこまでもひっそりとした気持ちになることができる。私の心の中で、その雨が降り止むことはない。 村上春樹「騎士団長殺し」
(タイトル写真は note gallaryから、池と雨で検索して出てきた写真から、今の心象風景にぴったりと思ったのを拝借。水面の雨の波紋が美しい)