黒と金のアレ
七夕は毎年雨が降るのに今日みたいな日が晴れるのは珍しいな、と残業後の働かない頭の奥の方で考えながら、まだ今日が月曜日であることに堂々と絶望した
1年に1度しか会えないなんてたまったもんじゃないだろうなんて趣もない感想を抱きながら、まんまるの月の奥に思い出すのは、もう会うことのない彼女のことだった
大学生の頃はこんな縁もゆかりもないイベントに乗っかりたかった
「月みに行こうよ」
そう言った彼女になんて返したのか
今ではもう覚えていない
月を見るのか
月見をするのか
そんなのどっちでもよかった
お互いにお互いといるための口実だと認識していた
でなければ月みに選んだのが自分の家のベランダな訳がない
あまりにも下心のあるその提案に、彼女はすんなり乗った、乗っかりたかったのかもしれない
一人暮らしのアパートで、普段煙草を吸う時にしか使われていない極小のスペースに
この時期って何着たらいいかわかんないよね、とか言いながら僕の知らないバンドのTシャツを着ている彼女が、やけに馴染んで見えた
大きく息を吸って、ためて、ゆっくり吐きながら月を見上げるその姿を、忘れたくないと思った
その日初めて彼女の輪郭を知った気がした
「黒ラベルってさ、1番美味しいよね」
その瞬間まで、ビールの種類や好みなんて考えたこともなかったけれど、なかったからこそ、それは正解になった
彼女の手首の細さを際立たせるような350mlの重みと、黒と金のあのパッケージが、子供でいたいこの状況の中でやけに際立っていた