【037】財務DDツール用のフォーマットは使えるのか?
あれよあれよと間に12月になりましたね。
師走の忙しさのあまり、ここ数日体調崩していたのですが、先週公認会計士協会東京会の足立区会がDDのテンプレートを公表されており、X(Twitter)でも議論が非常に盛り上がっていたと思います。※「財務DDツール用フォーマット」とされていますが、X(Twitter)での議論がテンプレートという表現だったので、本記事内での表現はテンプレート或いはテンプレとしています。
そもそもX(Twitter)でどんなコメントがあったか、以下並べてみたいと思います。
ちなみに私自身も、過去少なくとも50本近くのDDレポートを見ています。もちろん自身が財務DDチームの一人としてレポート作成に携わったこともありますし、ビジネスデューデリジェンスの担当者として財務DDの担当者と一緒に協業したこともありますし、バリュエーション担当としてDDレポートにある事項を株式価値に反映させたり、あるいはファイナンシャルアドバイザー(FA)としてDDレポートを活用させていただき、レポートの内容を前提として相手方と交渉に臨んだことも多々あります。
そういった経験から、個人的には、テンプレートの優劣は、テンプレートを作成・利用する想定されているペルソナがどういった者なのか、テンプレートそれ自体の説明書使い方に対する手引きがあるかどうかが重要だと思います。
◇想定ペルソナ
今回のテンプレートにおいて残念だったのは、この点です。対象となるペルソナが書かれていませんでした。
想定ペルソナが誰なのか、どういう前提なのかは結構重要な前提です。DDテンプレートにおいて最低限書いておくべきなのは、M&Aにおける当事者であり、売り手、買い手、対象会社となります。
この辺りを明示的に書いておく必要がありますが、これはテンプレートを使う人の利便性向上もさることながら、テンプレートを公表した方々にとってもディスクレイマーという機能を果たします。つまり想定されていない状況下で、このテンプレートを使ったとしても実用には堪えないという話です。こういうニュアンスを暗に示すためにも、ディスクレームは非常に重要です。
◇取り扱い説明書
加えて、テンプレート利用にあたっての補足事項も記載があった方が良いでしょう。これもディスクレームという点でも有用です。
私もこのテンプレートは、国内の非上場企業同士のM&Aディールを想定したものであれば活用余地はあろうかと思います。他方で、Big4が主戦場とする大規模なグローバル案件や複雑なストラクチャーが想定されるディールでは利用は難しいでしょう。
加えて、こちらのテンプレートからは監査法人の非監査部門のDD部隊が作成されたようなニュアンスが個人的には見受けられました。
◇結局使えるテンプレートなのか?
個人的にはこのテンプレートは簡便性・わかりやすさを重視した良い資料だと思います。上記のように利用シーンを限定すれば事故が起きる確率は低減できるかと思います。
他方で、このテンプレートが使いづらい状況も多々ありまして、そういう利用シーンに対する目利きがそもそも出来るのか否かが重要だと改めて思いましたし、その目利きが出来る人はテンプレートを必要としない力量というパラドックスなのかなとも思っています。
もっというと、テンプレートに沿ってレポートのボディを作るのも大事ですが、それ以外にも重要な価値の出しどころ(=プロとしての腕の見せ所)があります。
◆発見事項についての取り扱い
DDレポートにおいて、エグゼクティブサマリー、通称「エグザマ」の作成は非常に重要です。このエグゼクティブサマリーでは、株市場の動向、契約書(特にSPA)、株式価値の算定報告書(バリエーション)、PMI(Post-Merger Integration)統合後の報告事項などにおいて、DDの結果をどのように活用するのかという助言が記載されている必要があります。
ただ、この助言を行うためには、DDだけではなくバリエーションやFAの経験、PMIの知識も不可欠です。これはDDの結果を適切にレポートに反映させるために必要な、多角的な視点を持つことを意味します。この点、一般的にBig4 FASのトランザクションチームに配属されると、主にDDレポートの作成に従事することになるので、最近分業がかなり進んでいるBig4 FASに入る未経験者や若手にとっては、これらの経験が積みづらく他方でDDレポートは意義のあるものを作らねばならぬという矛盾との戦いが待っています(頑張って)
良いDDレポートを書きたいのであれば、短期的なスポットであってもDD後の工程に係る経験のが大事ですね。一見遠回りのようですが、良いレポ-トを書き、かつ、専門家として自信をもってクライアントと議論するためには必要な技能です。
◆レッドグフラグの伝え方
M&Aの過程では「レッドフラグ」と呼ばれる、M&Aの継続検討の中止を考えねばならない事象が発生します。この事象が生じた際のクライアントへの報告方法は、非常にデリケートであり、専門家の力量が問われる瞬間です。その力量は、どのようにしてクライアントに迅速かつ適切に情報を伝え、必要な判断材料を提供するかという点に集約されます。
M&Aの専門家としては、レッドグフラグを伝えるタイミングや報告方法、意思決定をしてもらうために必要な情報といった要素を吟味し、専門家として助言することが求められます。適切なコミュニケーションと意思決定支援が求められるシチュエーションであり、これは良いレポートを書く技量とはまた異なるスキルセットです。
◆初期の依頼資料リスト、QA、インタビューなどのプロセス
レポート作成もさることながら、そこに至るプロセスも重要です。たとえば、Q&Aセッションでの質問リスト、初期の開示を求める依頼リスト、対象企業の財務部門へのインタビューなどがあります。これらレポートに直接反映されない部分も、専門家としての腕の見せ所だといえます。
◇テンプレート化自体は良い流れ
M&Aに係るサービスがコモディティ化し、多くの人が低コストで高品質なサービスを受けられる状況は、業界にとって非常に良い動きだと思います。特に、独立している会計士にとっては財務DDはスポット収入を得るためにも重要なサービスになるでしょう。価格帯はどれだけ安くても数十万円、国内であれば数百万円、複雑性や難易度が上がると桁が変わる水準になります。
加えて、バリエーションレポートの提供や複雑ストラクチャーであればストラクチャに係る検討支援など、より複合的なサービスが求められることもあるので、そのベースとなるDDは、これら後工程業務のRFPをもらうためのドアオープナーにもなります。
ちなみに、財務DDに係る書籍として1冊だけオススメするとしたら、佐和先生の書籍です。初心者向けではないですが、M&A業界で研鑽を積みたい方に自信を持って推せる本です。
今週は以上です。ありがとうございました。