小学生の頃の思い出シリーズ①
僕が小学生の頃、
「ねりけし」
というのが流行った。
消ゴムなのだが、手でこねると形が変形したり、
ひっぱると伸びたりする。
もともとはそれで消すとケシカスがでないとか、
たしか、そんなものだったと思う。
でも、実際に消ゴムとして使うものはほとんどいなかった。
みんな、手でこねこねしている。
メーカーもその人気にあやかり、
多種多様な製品を出していた。
僕が買ってもらった唯一のそれは、
コーヒー牛乳の形をしたケースに入り匂いもまた、コーヒー牛乳の匂いがするものだった。
そんなある日の授業中、僕が座る席の斜め前、壁の際に茶色の塊を見つけた。自分の持っているねりけしがコーヒー牛乳仕様のため、その塊がねりけしであると、すぐに認識した。
僕は、それを拾って自分の物にしたかった。
どうせ誰かがさんざんこねて、その挙げ句、飽きて手元から転がり落ちたものだ。
第二の人生を我が手でスタートさせてやろうではないか。大都会の夜の蝶も、年齢と共にその羽はしおれていく。でも、地方の寂れた繁華街で、ママとしてもう一度花ひらくこともあるだろう。そのためには、誰かがやさしく手を差しのべなければならない。その手になろう。片隅に転がる茶色のねりけしのために。
先生が黒板の方を向いた瞬間、
僕は腰をかがめてミッションを決行した。
そのスピードたるや、席に戻った今も、壁際にその残像が残るかの如くだった。
僕の手元には、ホコリにまみれた茶色のねりけしがある。買ってもらったコーヒー牛乳仕様のねりけし同様、大事にしてやろう。
そう思った矢先、背中を誰かが叩く。
振り替えると、後ろの席の末田(仮名)が、
「ねりけし拾ったんなら、すこし、分けてよ」
と言ってきた。
この末田。普段、僕とは仲が良く、僕は友人だと思っていた。その、友人の末田が、拾ったねりけしを少しくれというのだ。僕は、少しためらったが、
小声で
(いいよ)
といって、半分、末田にあげた。
末田は、これまた小声で(ありがとう)
といって、ホコリにまみれた茶色のねりけしを
受けとる。
それからしばらく、
そのねりけしを僕はこねていた。
きっと末田も、ねりけしと親交を深めていることだろう。
そう思っていたら、また、背中を誰かが叩く。
振り替えると、やはり末田だ。
しかし、先程とは様子が違う。
彼は真っ赤な顔をして、口を真一文字にして笑いをこらえている。
そして、死にそうな彼は、僕にこう言った。
(この・・・グッ・・・ねり・・けし、匂い、
かいでみろよ・・・ブッ・・・グフッ・・)
という。ホコリにまみれたねりけしを顔に近づけることは無意識にしていなかった。茶色なので僕は勝手に自分の所有するコーヒー牛乳と同じようなものを想像していたのだ。
彼に言われて、匂いを嗅いでみることにした。
それはまさしく
「うんこ」
だった。
僕はもう一度振り返り、末田に
(・・・うんこ?)
というと、もう末田は授業中ということも
お構いなしにゲラゲラ笑いだした。
僕もつられて大笑いした。
当然先生にとがめられ、
「うんこ拾って末田とはんぶんこした」
とわけのわからない説明をした僕と、半分所有している末田は、その後、三日ほど、クラスではバイ菌扱いを受けることになった。
しかしながら、なぜ、教室にうんこが落ちていたのか。
誰のものなのか。
未だ真相は闇のなかである。