ホーミー教室1
これまた若い頃の話になるが、当時お世話になっていたとある会社の社長さんが、古いビルを手離し、新しいビルに移るとのことで、その、引っ越しを手伝った。
四階建てで、各フロアにガランとした部屋が2つずつ。
一階は応接室と受付のような作りになっている。
カルチャーセンターのようなもので、一階を除く各部屋では、習い事教室に貸し出すのである。
なので、引っ越しといっても非常に簡単なものだった。
社長とその会社のスタッフ二人と僕だけで、すべて片付いた。
社長は僕に日当をくれようとしたがいつもお世話になってるので辞退した。
すると、
「じゃあ、なにか好きな教室に1クール入れてあげよう」
といって、カルチャー教室の案内チラシを見せてくれた。
詩吟、カラオケ、ちぎり絵、必ず受けるトーク術など、日替わりで行われるその教室とやらは、非常にバラエティーに飛んでいて、そして、渋いものばかりだ。
その中に、
「中国武術」
というものがあり、格闘技が好きな僕は、
「じゃあ、これにします!」
と、チラシを指差した。
「そしたら、一応、この用紙に記入して。」
と、社長は一枚の紙を僕に手渡した。
希望の教室の横に○をつけて、氏名、住所・・・と、記入し、社長に託した。
「じゃあ、私の方から、きっちり伝えておくから」
といわれ、2ヶ月で合計8回の、「中国武術」教室受講は受理された。
中国武術を選んだのには、もうひとつ理由があった。
それは、
・毎週金曜日19:00
だったからだ。
その当時の僕は金曜日がお休みだった。
金曜日のその時間は、同時に
民謡とカラオケとホーミー。
やたらと歌うものが多いなあとおもったのもつかの間、案内をよくみると、
「中国武術受講者には、普段から着れるカンフー着を通常の半額で!!」
とある。カンフー着というだけで普段から着れるかどうかは疑問だが、半額とあるだけで値段が書いていないところが中国武術の神秘的な部分なのかもしれない。
そして、いよいよ、「中国武術教室」初日。
動きやすい服装で、と、あったので、
ジャージとTシャツを着て、会場に向かった。
到着すると、年配の男女数名が、一階のエントランスで缶のお茶を飲んでいる。もうすでに、20代の僕には場違いな雰囲気が漂っていた。
ネクタイを締めた若い男性が僕に近づいてきて、「ご記帳お願いします」といってきた。このビルのオーナーの会社の社員の男性だ。何度か、会ったことがあった。じいさんばあさんばかりのアウェー感満載だったので、知り合いの若い彼の登場は、遭難しかけたときに偶然見つけた明かりのついた山小屋のようだ。
僕は、「はいはい」
と言い、その用紙に目をやると、
民謡教室、カラオケ教室、ホーミー教室、中国武術教室と、欄が別れており、あらかじめ、受講者らしき名前が印刷された文字で書かれていた。
なるほど、カラオケ教室はパッとみても10名ほどの名前が書いてある。いつの時代もカラオケは人気なのだ。
民謡も5名ほど書いてあったであろうか。
中国武術は、3名ほど。
「ええ~っと、僕の名前は・・・」
と、さがしても、僕の名前はない。
自分の名前の横の空欄に日付を入れるようになっているのだが、その自分の名前がない。
僕は、先程の山小屋青年に、たずねた。
山小屋は、
「あれ、さっき確認しましたらありましたけどねぇ・・・」
といって、その、数枚ある用紙をパラパラとめくる。
「ほら!あったあったありましたよ!」
といって、開いたページは、
「ホーミー教室」のページだ。
しかも、名前が書いてあるのは僕一人。
「いや、僕は中国武術、お願いしてたんだけど・・・」
というと、山小屋は、
「え!?」
といって、なにやら、引き出しをガサゴソしている。
すると、ビル引っ越しの時に僕が記入した申込用紙がでてきて、そこには、僕のフルネームとホーミー教室の横に○が!!
そう、僕が書き間違えていたのだ。
「今から変更ってできますかね・・・」
と山小屋にたずねると、
「いやぁ~、もう、ホーミーの先生来ちゃってるので」
どうやら、受講生がいない場合は、先生は来ないシステムらしい。
でも、ホーミーはもう来ている。
たった一人の受講生の僕のために。
そもそも、ホーミーって何?
何かわからないものをこれから2ヶ月、
習うのか。 はっきりいって嫌だ。
レッスン開始10分前になった。各教室の先生らしき方々が、事務室の奥から、続々とでてきた。
その中に、
ムラサキにラメが入ったピタピタのワンピースを着た茶髪の60代ぐらいの女性がいた。場末のスナックのママといった感じだ。
ホーミー教室をどのように回避しようかと考えている僕の横をそのスナックのママが通過するとき
「あなたが生徒さんね~?若いから、そうでしょ?」
と話しかけてきた。そして続け様に
「申込用紙の年齢が若いからぁ、えらいなぁって。ホーミー、興味あるんだぁ?」
といわれ、
「はい・・・興味・・・あるっす・・・」
(しまった~!!何をいってるんだぁ!このバカな俺!)
変なところで気の小さい僕の心は、風に流される風船のごとく、ホーミー教室の、扉へと飛ばされていった。
次回、
「ホーミー教室2」
に続く・・・。
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