小説からみる文化的発展の特徴

 アジアの芸術史における言語芸術のうち、小説について取り上げ、その文化的発展の特徴について述べる。現代においても小説という作品形態は脈々と続いており、その発展過程をたどり社会環境との関わり方、とくに戦乱期とそのはざまの治世との関係性についても考察を述べる。

 主に中国の唐から明の時代といった、およそ7世紀から16世紀後半にかけての1000年という長い期間を、現代から過去に向けてふりかえってみる。
 現代は様々なジャンルの小説が広く入手可能である。史実に近しいものも含めて、架空の世界観をことばによって表現するという点では現代も同様だ。
 よく知られた『西遊記』は、明の時代16世紀中期には今見る形に完成されたことが知られている。もとをたどると、7世紀唐代の高僧である玄奘が仏典を求めて天竺まで往復した史実『大唐西域記』までたどり着くのはとても興味深い。この唐代において小説が出現したとされている。
 そもそも「小説」とは何か。『アジアの芸術史 文学上演篇Ⅰ 中国の伝統文芸・演劇・音楽』(1)によると、

小説は、市井の出来事を細かく書いた「話本」とよばれる短編小説と、主に「講史」の系統をひく、史実を土台にした長編小説とに大きく分けることができます。そしてこれらに共通するのは、講釈師の口調を意識的に再現したようなその語り口であり、作品によって程度の差はあるものの、こうした語り口は、白話すなわち話し言葉を積極的に用いたことによって、独特の表現方法を獲得することになりました。

とあり、話し言葉を活用することで、広く人々に共感される作品が世に出てきたのであろう。もともと小説とは、つまらぬ説、些末な議論といったものを指していたようで、言い換えると思想的、哲学的な視点ではない噂話や立ち話程度の意味なのだと解釈できる。

 小説の原型として唐時代より前に「志怪小説」があり、唐代に入って「伝奇小説」と発展していく。これらは文語で書かれた文言小説であるが、明の時代にかけてはこれらをもとにした語り物が発展し、話し言葉で書かれた『水滸伝』『金瓶梅』などの通俗小説へと続いていく。

 時代を追っていくと、文化が大きく発展する場面というのは、比較的治世において起こりやすいのではないかという傾向を感じた。中国に限らず人類の歴史は戦乱の繰り返しであり、その戦乱のはざまに平和な時代がある。

 戦乱の時期には、今を生きていくための思考で精いっぱいとなり、抽象的な概念や思索に対して脳内リソースを使わない傾向にある。
 比較的平和で豊かな時代では、人の脳内リソースは余白の探求へ向かい、創造的な知的活動が活発になることを示しているのではないだろうか。
 この傾向は哲学の発展とも類似性があるかもしれない。

 第二次世界大戦という戦乱が終結してからおよそ80年。今後、文化の発展が大きく伸張していく可能性に期待したい。

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