そういうところなんですよ先輩
「お前って仕事できないけど周りに好かれてるよな」
人差し指で、気怠そうにぼちぼちとキーボードを打ちながら、痩せ気味の中年男性がボヤく。彼のメガネは右に少し傾いていて、いつも親指の付け根あたりで修正をかける。でも、直しても直しても直らないのが見ていてもどかしい。
「逆に先輩は仕事できるのに何かアレですよね」
残っている仕事を少しずつ終わらせる。資料を「最近のもの」「前のもの」で分類しながら先輩の話をうんうんと可愛い後輩を演じながら聞く。後輩である彼はスマホを振動ありに設定していないためか、メッセージが来たことを知らせる音が鳴り止まない。先輩がうるせぇなという目で見てきても、そんなことは気にも留めない。
「アレの使い方的にマイナスなんだろうけど、アレってなに?」
「何かこうアレなんですよ」
「そういうどうにもならないやつやめて」
噂好きのOLがまだ残っていたらしく、奥の扉からキャピキャピ言いながら出てくる。彼女たちは出社するときも、トイレに行くときも、お昼に行くときも、何をするにもお喋りをしていて、黙っているのを見たことがない。仕事は単調なデータ入力作業をやっているらしい。彼女たちの勤務時間は時間保証なので、いくら仕事が残っていてもチャイムが鳴るのと同時に帰宅できる。じゃあ、彼女たちが残した仕事は誰に?そう、今話している痩せ気味の中男がやるのだ。
「たまにいませんか?嫌いじゃないし、ウザくもないし、全然いい人なのに何かアレな人」
「・・・・・・イラつく?」
後輩である男は早く帰りたがっているのがすぐわかる。貧乏揺すりが彼の怒りボルテージを表しているからだ。でも、先輩である痩せ型中年が仕事を引き受けるから一向に仕事が減らない。
「違いますね」
「癪に触る」
「NO」
この男(痩せ型中年)はおそらく家に帰ってもすることがないのだろう。だから積極的に仕事を引き受けては残業代を貪るのだ。仕事が出来る人とは、大量の業務でも勤務時間内で終わらせるような人だ、と自分なりに納得し頷く。
「目につく」
「目やにじゃないんですから」
「近寄りがたい」
「んー。もう一声」
仕事を黙々とする先輩の横顔は、鼻が異様に伸びていて、まるで狐のような顔をしている。すらっとした鼻筋に置かれているメガネは横に傾き、それは生きているかのようにバランスを取り、任務を果たしている。
「・・・いい奴だけど仲良い友達じゃなくてもよくて、まぁ休みの日に遊びに行くほど深くはならない職場のいい同期?」
「(はっ)それだ」
「それだじゃねぇよ。そんなこと分かってんだよ!入社1年目で気づいたわ」
嫌いではないけど、好きでもないような難しい人柄の人間はいる。ふんわりした毛の、名前を呼ぶと飛んで近寄ってきてくれる犬のような雰囲気ではなく、やせ細りとぼとぼと道を歩いては低い声で鳴くが、特段汚いわけではない野良猫みたい雰囲気。見てはいけない、触れてはいけない、そういう人は一目見ればわかる。
「付け加えるならば、たまに起こる空気の読めなさがマイナスギャップってゆう」
「完全な悪口だよなそれ」
バランスを崩したメガネを親指の付け根で直す。
「今何年目でしたっけ?」
「15年」
トントンと資料を綺麗に並べて、自分のファイルに整理を始めた。資料関係はとても細かく管理している先輩は、変なとこだけ几帳面で口うるさい。この前だって、噂好きOLに対してホッチキスの角度の修整を言っていたのを聞いた。そんな向きよりもまずメガネを修理すればいいのにと思う。
「よくまぁ、14年間内なる思いを解き放ちませんでしたね。つまり先輩はこの話をしたということは後輩含めてみんなと仲良くとか、好かれていきたいってことですかね?」
「なんでそこまでのマイナスからスタートなんだよ。そこまできたらもうそういうの頑張れないしどうでもいいよ」
自分の荷物を整理して、ようやく帰る支度を始めた。彼のカバンは、何が入ってるのかよくわからないくらい大きい。そのカバンの中身を一旦外に出して、こまめな隙間を作ってチャックが閉まるように片付ける。自分で作ったのか、それとも彼女に作ってもらったのか、お弁当箱がでてくる。彼には彼女なんてものはいたという話を聞いたこともないし、クリスマスも年越しも雀荘に行っていたくらいだから間違いなく自分で作ったのだろう。
「先輩、今日僕らの同期ともう1つ下の後輩たちだけで飲み会するのですが来ますか?」
「えー、後輩だけなのに俺がいくのはなー。でもまぁせっかくだし行ってもいいけど」
整理中のカバンの外側ポケットに手を伸ばす。おもむろに財布を開けてお金の余りを気にしているようだ。
「先輩、そういうところです」