50円のコーラを1000円で売るには並大抵の努力じゃ上手くいかないんです。

「君が思うおしゃれの定義って何だい?」

揺れる電車の中で、大きな窓を背にして座っている。休日のお昼時の渋谷行車両はわりと空いているから、いつもこの時間から待ち合わせることが多い。私たちは、休日になると最寄駅で指定時刻に落ち合いシティライフを楽しむ。シティはとても面白いもので溢れている。昼と夜とで街行く人の雰囲気が変わったり、価値観がそれぞれ全く違っていたり、遊び場はほとんどがチェーン店ではあるものの、至る所まで探せば面白い場所は溢れている。今日は先輩がとても活きがっていたから、いつもと違うところに連れて行ってくれるんだと思う。

「結構大きなテーマを持ち出してきましたね」

この日、休日にしては乗客は少なく、話し声が車内に響く。卑猥な話ではないから聞かれても良いのだけれど、やっぱり自分たちの話を誰かに聞かれるというのは不快というか良い気持ちはしない。私たちの話の内容はいつも空中を浮遊していて、ふわふわとした風船みたいな会話ばかり。そこに対しての羞恥心というか歯痒さがある。それでも隣に先輩がいてくれたらある程度は強気になれる。

「お洒落を極めたらモテるとおもうんだ」

「そうですね。私からすればやっぱり服装が一番に浮かびますね」

先輩を上から下まで目を通す。彼の服装はお洒落とは言えないまでもある程度気を遣っているのが伝わってくる。それでもボタンがたくさん付いていたり、シャツは緩々だったりと女の子には高評価を得ないようなファッションだ。それでもこういう不器用なところは私は嫌いではない。好きでもないけれど。

「やはりか。でも俺が思うにおしゃれな服を着てても着ている人によってお洒落かどうか変わると思うんだよね」

「モデルの人の洋服を着ても…って事ですよね」

「もっと言えばイケメンが着ればある程度はおしゃれに見えてしまう」

彼はくぃっと顔を斜め上に向けると、どう俺かっこいい?的な表情をする。私は申し訳ほどに彼の顔面がタイプではない。にも関わらず、彼はこういったナルシズムなところがあるから、周りの女の子たちから距離を置かれてしまっている。彼がモテない理由を知っている私は得意げになれる。

「それは顔が整っているために総合おしゃれ度数が高くなるからなのでは?」

「おしゃれ度数ってなに?」

ナルシズム的なフェイスがきょとんとした顏に変わる。意識せずにこのままの表情ができれば愛らしくていいのにと思う。私は自意識の強い男の人が、意識外になったときの顔つきが好きだ。普段は周囲の目を気にしているのに、ふと気を抜いた瞬間頬が緩む。相手の何か闇に触れたような感じがする。

「洋服はセンスだと思います。つまりは着こなしです。他にも部屋のコーディネートとか。センスによっておしゃれ度数は変わると思うんですよね」

人差し指を先輩に向ける。彼は私の指先をじっとみて、目をまん丸にしたトンボみたいに見入る。その様子を他の乗客に怪しまれているのを察し、私は彼に注目を集めるように声を出した。

「例えば、先輩の顔面が整っていなくて全裸で20%だとして、これをセンスによって総合おしゃれ度数を上げる。つまり20%しかないものに付加価値を付けるんですね」

「君、少しは言い方ってものが」

「50円のコーラを1000円で売るには並大抵の努力じゃ上手くいかないんです」

「もうやめて。お願い」

私はケラケラ笑いながら、先輩の方を見る。彼は手で顔を覆い恥じらっている。前の席に座っている、老いが進んだお爺さんが私たちを微笑ましく見つめている。もしかしたら歳を重ねると見えない何かが見えるようになるのかもしれない。

「大丈夫ですよ。不味いのが癖になるパターンもあります。先輩にも今すぐ付加価値をあげる方法ありますよ?」

「なんだって?あやかろうじゃないか」

彼は覆っていた手を顔から離すと、餌を待つ犬のような仕草で私の言葉を待っている。私は彼の期待に応えるように糸に人参を垂らし、釣りを始める。

「ランチに良さげなイタリアンがあるんですよ」

「それと付加価値とどう関係が?」

「美人とお昼にランチをしているのは周りからしたら付加価値高いの知ってますか?」

キリッとした表情で先輩の肩付近に顔を近づける。ちらりと目の前のおじさんも見ると、こちらをまじまじと見てさっきと変わらず、むしろ余計頬の赤みが濃くなっている。私はおじさんのその様子を横目で見ながら、彼の耳元でお腹が空いたの、と甘え声で囁き肩に顎を置く。

「さすがだね。さぁ食べに行こう」

彼の顔面、キャラクターは全く好みではないけれど、彼といると私はオンナでいられる気がするから、このひと時を求めるために彼といる。彼は、宝石屋の展示のように一本一本の指先が光る私の手を握り、飛び出すように昼の繁華街へ向かった

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