ねぇ?先輩。偏見なんてありませんよね

「はっと思ったんだけどさ」

東京では今年で初めての雪。初めてにして、最大級の大雪の日だった。首都圏のすべての交通機関が乱れ、なかには見慣れないホームで長時間待つ人もいたという。

「はっと?」
「いや、ふっとだね」
「足ですか?」

家を出る前には天気予報をチェックするのが習慣になっている。雨が降って傘がないと救いようなくテンションが下がるから。綺麗好きとしては大事なコートに少量の雨水が掛かっただけでも声に出せないほど荒れ狂うのだ。

「いや、足じゃなくてね。満員電車ってどう思うかい?」
「いやなものだね。身動きが取れずにぎゅうぎゅう詰めになって。出荷される気分ですよね」
「そうなんだ。バカ真面目に働く日本人の特性で、時間を変えるとか、ずらす以外には必ず通る道なんだ。これをどうにか満員電車最高と変換することはできないのかな」

相方は目にも留まらぬスピードでフリックタッチでスマホに文字を打ち込んでいる。彼の手元は自分で空けたのか親指と人差し指との指紋部分だけが切り抜かれた赤い手袋をしている。おそらくスマホ用の手袋ではなさそうだ。

「なかなか難しいお題ですね。やましいことや、犯罪ちっくなことしか思い浮かびませんよ」

ちらっとこっちに目を向けると、ニヤッとなにやら不気味な笑みを零し、またスマホをいじくりはじめる。

「そもそも満員電車って言うけど、本当は違うのに満員電車だとカモフラージュされていることもあるんだよな」
「どういうことですか」
「たまに思ったことはないか?ドアのギリギリまで人が張り付いて電車内いっぱいになってるように見えるのにいざドアが閉まると意外にスペースがあるあれ」
「ありますね。ギリギリに見えるのに駆け込み乗車してくる人がそこから結構乗れちゃうあれですよね」
「そうなんだよ。あれに日本人のちょっとした他人に対する排他性を感じるよね。もう乗れませんよアピール」
「乗ってこないでよっていうちょっとした悪意を感じますよね。まぁ乗っちゃうんですけど」
「外国に比べて日本人はオープンにしない所があるからね。他人を受け入れると言う心のゆとりが少ない気がするんだ」

電車を待つ大部分はスーツの上に少々お高めのコートを身に纏ったサラリーマンと呼ばれる人たちであろう。彼らの目は、大雪の中で会社に行かなきゃいけない理不尽さよりも出勤時刻の遅れや社内評価の低下の方に目を向けられていた。でもどこか安心しているような、そんな落ち着きを放っている。

「満員電車の愚痴からえらい話になってますね」
「もっと日本人は他人に対して寛大な器を用意するべきなんだよ!小学生くらいのころに小さな台の上に何人乗れるか?みたいなゲームをやらなかったかい?あのときはみんなが手と手と繋いだり、協力して考えて、乗れなそうな人を『おいでよ!』と手を差しのべたよね?」

長時間待ってようやく電車が到着した。ぼくと相方が並んでる列の丁度目の前にドアが来る。

「なるほど。つまり電車でも駆け込んできたり乗りたそうな人がいたら笑顔でスペースを作ってあげようとそういうことですね」

ドアが開き、ちょろちょろと人が降りたが、Maxで乗れるのは3人くらいの隙間しか出来なかった。

「簡単なことじゃない。なぜならば牛づめ状態は皆嫌いなんだ。若い子が自分に密着してくれるなら幸せだが、汗かいているひとや、匂い、熱さ、色々あるからね。」

そこに、ぼくの肩に当たり、おっさんが1人空いた狭い隙間に入り込んでいく。彼は我が物顔でどんどんと奥へと突き進んでいく。成功する奴ってのはああいうやつなのかもしれない。

「なるほど、そこに人への偏見も混ざってくるんですね」
「そうだ確かに嫌悪感を抱きやすいのは当然なんだ。一般的に抵抗があるジャンルの人と密着をするのだからな」

残りのスペースは人二人分しか空いていない。つまり、先頭にいるぼくと相方が収まれる程度の空間しかないわけである。

「つまり、色んな人がいることに対する偏見や抵抗感を無くしていく、そして受け入れていく。そういう姿勢を持つことが大事。こういうことなんですね。先輩」
「素晴らしい理解力だよ。その通り。人間とは千差万別。色々な人間がいるんだ。通勤通学の電車ほどの自分の近くの人の人間性を受け入れられなくて何ができるというんだ。」

先に車内にいる人たちはぼくと相方が入りやすいように若干のスペースを空けようとしているのか、左右に人が散らばっていく。

「その話とても感動しました。先輩も僕もそういう人間になりましょう。ところで先輩、今夜は帰りたくないんですが。」
「なんだって?」
「色々な人間を、まずは近くの人を受け入れましょう。ねぇ?先輩。偏見なんてありませんよね」

隙間があまりない車内に無理やり入り込んだ二人は、態勢を崩さないよう維持してドアが閉まるのを待った。駅員が二人の背中を押してドアを閉める。発車のベルと同時に電車は動き出した。不気味な笑みを浮かべた彼らを乗せて。

おわり

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