つるつるネーム

DQNネームの基準

「去年結婚した友達に子供が産まれたんだ」
「早いですねー。おめでとうございます」

大学の講義の帰り道、校門前で待ち合わせてから一緒に帰る。先輩とは最寄駅が一緒で、学部も一緒だから、いつも何かと行動をともにする。同じ講義なことも多く、最終の講義も同じだと自然と一緒に帰ることになる。私は別に先輩と付き合いたいとは思ってないし、そんな雰囲気もでてないんだけど、先輩はいつも無邪気に話しかけてくる。

「そこで最近よく騒がれているキラキラネームとか、DQN ネームとかあるじゃん?」

「ああ、ありますね。いわゆるSランクを越えた当て字ですよね」

「具体的な名前は言えないから例えにするけど、『線』なんてどうだ?」

とニコニコしながら顔を近づけて話す。いつも何かと距離が近い先輩は男女関係なく人に好かれそうなタイプ。大学の講義中は教科書を忘れたからといって隣に座ってくるし、食堂でもご飯を食べてるところを正面で見られたくないからといって横に座ってくる。距離の近い彼からくだらない話を聞くことに慣れてきている私は相槌も上手くなっている。

「『せん』君ですか?」

「『ラインッ』」

スマホから発せられたかのような音を口から出す。真っ直ぐ前だけを向いた先輩の横顔は、少しだけ口角が上がっていて、ニヤけた顔をしている。

「意外と言われたらって感じですね」

「『呟』は?」

「『ツイッター』はさすがに」

キラキラネームをばんばん生み出す先輩は褒めてと言わんばかりの甘えモードだ。黒縁メガネの下でまんまるとクリっとした瞳は、もしかしたら犬と同じくらい可愛い。ここまで黒縁メガネが似合う人はいないだろう、とメガネ屋zoffの店員にも褒められていたのを思い出す。少し経ち、突然真面目な顔つきになった先輩は顎に手を添えると、一拍を置いてつぶやいた。

「どこまでがキラキラDQNかだよなあ」

「私の子供の頃はすでに当字の人がいましたよ。変ではない程度に」

「日本人だからカタカナの名前になると違和感を感じるよなぁ」

好奇心旺盛な子供のような発言をして、少しだまり込んだ後、右手をズボンのポケットに突っ込むと、左手で持っていた紺色の鞄を大きく振り回す。原色に近い色が好きな先輩らしいチョイスで、お洒落を気取るのが彼らしい。鞄を前に振ると同時に前方にスキップして彼は言う。

「『龍』はりゅうでいいけど、ドラゴンとかシェンロンは違うじゃん?」

首を傾け、愛らしい仕草をする。この仕草が許されるのは可愛らしい風貌をした女のコだと相場は決まっている。たとえ黒縁メガネが似合う先輩だからといって許される仕草のはずはないのだ。だけど、それを不快に思わず、むしろ愛おしいと思ってしまった私におそらく落ち度があるのだろう。

「『春麗』でチュン・リーではなく、はるうららなんてどうですか?」

「馬じゃん。せめて『はれ』ちゃんだろ」

「発想力豊かですね先輩」

別に褒めたわけでもないのに頬を赤らめる。ピンク色に染まった頬は分かりやすいほど興奮しているのがわかる。先輩は隠し事が苦手な人だということはわりと最近気付いたことで、ここまで分かりやすく顔に出るのにわからなかったのは、先輩が以前よりも表情にでやすくなったのか、私が先輩に興味がなさすぎているのかのどちらかだと思う。

「こうしてみると、キラキラネームの良くないポイントというか名付け方が分かってきますよね」

「一般的に明らかに読めないか、読めてもそれが生涯過ごすのに弊害があるのはダメってことだろうな」

先の道の信号が点滅しだし、ものの数秒で赤になる。余裕を持って道路の前でふたりでじっと待ってる最中に、閃いたことを彼に言ってみる。

「あ、先輩にいい名前ありますよ『隣っていう字のこざと編が大貝』です」


「これか?かっこいいじゃないか。『リン』君?」

スマホのメモ帳で検索した文字を彼は私の顔の近くまで持ってきて見せる。小さいスマホの画面を私と先輩は狭い距離感で見合いながら、私は、ううん違うと首を振ると彼のスマホを取り上げた。スマホのカメラを起動させると、インカム仕様に切り替えて彼に向けた。

「『かみがすくないさま』です(禿)」

「・・・それはキラキラ?」

「つるつる」

スマホの画面にはこれまでの照れによる赤面とは違った、真っ赤になった顔色をした先輩が写っている。先輩の赤い顔の近くまで寄り、スマホのホームボタンをそっと押して、意味もなくツーショットを撮る。真っ赤な顔と赤い目をしたつるつるがそこにはいた。

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