「もし超能力を1つだけ与えられるとしたら君は何がほしい?」
「もし超能力を1つだけ与えられるとしたら君は何がほしい?」
週中の水曜日、深夜2時。うちのビルはその界隈でも言わずと知れた眠らないビル。どこよりも遅くまで明かりが点いている。もしかしたら、このビルが建ってから電気が消えてたことはないんじゃないかという噂もある。
「起きた瞬間フェイスケア、決めてあったメイクになる力が欲しいです」
「・・・・・・ずいぶんと現実的というか生々しいスキルだね」
ビルは7階建、うちらは5階のフロアに居を構えてる。1階は管理人の婆やんのお部屋と、趣味でやっている喫茶店がある。この喫茶店、空いてるところをあまり見たこともなければ、管理人が店番をしているところも見ない。最後に見たのは、私が成人式のときだった気がする。かれこれ5年前。
「先輩は女性の朝の苦労を分かってないからですよ。起きた瞬間から電車に乗れる訳じゃないんです。あ、他にも全身の毛という毛全ての長さを調整できる超能力も欲しいですね」
だからと言って、婆やんと面識がないわけではない。むしろとても仲が良い。婆やんはいつも自家製のパンや家庭の残りご飯をお裾分けしてくる。以前にちょこっと食べた時、あまりにも塩っぱかったから正直美味しいとは言えないけれど(舌が合わなかったということ)、婆やんの性格は好きだから何も言わない。
「なるほど。こちらとしてはその能力は増やすこと前提で欲しいけど減らす意味でも欲しいわけか」
「先輩は増やさないとダメですものね」
「・・・・・」
ビルの中の人たちは正直不気味。上の階の人たちは窓を開けてるのか、声がすごい漏れてくる。いやらしい声じゃないからいいんだけど、たまに奇声とか罵声が混じってるから背筋がゾッとすることがある。何をしてるのか知らないし、知りたくもないのが本音のところ。
「先輩はどんな超能力が欲しいんですか?」
下の階は、多分スポーツジム。筋肉ムチムチの人がうちの階の給湯室で、プロテインをマイ水筒に入れて振っているのを見たことがあるから。彼は何食わぬ顔で挨拶をして下の階行きのエレベーターに乗っていったのを見たから、きっと間違いない。
「やっぱりさ、超能力なんだから超人的なことができることがしたいよね」
「子供みたいなこと言いますね。例えばなんですか?」
「空飛びたくないか?」
「寒くて凍えますよ」
5階のフロアには、まだ数十名の社員が残っている。皆、目の下にクマを育てながら熱心にパソコンの画面を見つめている。今の時代には、必須のジョブツールだろうけど、電源に侵された生活にこの先私たちは耐えられるのかたまに不安になる。
「瞬間移動」
「移動先にいきなり現れると驚きますし、ぶつかりそうなので危ないです」
フロアには、キーボードの音が鳴り響いている。もちろんうちらも仕事をしている。うちらは器用だから仕事しながらでもお喋りが出来る。ただ、相方の手元はたまに止まることがある。何かに悩んでいるのか、それともお喋りが楽しすぎて集中出来ないかのどちらかだと思う。
「相手の心が読めるのは便利じゃないか?」
「周りに人が近寄らなくなって今より友達減りますよ。それか先輩自身人間不信になりますよ」
ぴくっと相方の手の動きが止まった。お喋りが楽しすぎて仕事に集中できていないのだと思って横を見ると、ニヤッとしてこっちを見た。ひん曲がった口元は何かを言いたそうにして小刻みに動く。
「・・・・・・夢がないんじゃないか?」
「飽きたり使えなくなる能力よりずっと使える能力が欲しいじゃないですか」
「透明人・・・・」
「犯罪以外の使い道無いですから」
「神様!我に毛を自由に調整できる能力を与えたまえ!!」
「バカなこと言っていないで早くこの山積み書類のチェック、調印をしてください」
彼はニヤッとしたまま自分のパソコンの画面の顔を向き直した。キーボードの上に置いていた手を口元にやり、考え込む仕草をしながら、少しの間を置いてぺろっと自分の親指を舐めると、こう言い放った。
「・・・多重影分身ができる能力が欲しい!」
「やっと1番欲しい良い能力でましたね」
降り注ぐ朝日の陽光が窓から差し込み、反射する自分たちの影がまるで分身したかのように映り、仕事で疲れた身体を癒やしてくれた。そこには、富士山のようなカタチをした影も一緒に映り込んでいた。
おわり