未来の分岐が見えてる話
「もし人生の分岐点が実際に見えたらどうする?」
突然の大雨に見舞われ、近くのクリーニング屋の屋根の下で一時雨宿りをする。小柄な僕は小さい屋根の下でも余裕を持って身体が収まっているのだけれど、一方の大柄の先輩はうまく入り込めていない。そのせいか、彼の右肩は濡れに濡れてびしょびしょになっている。でもそんなことは少しも気にしないような態度で(もしくは気付いていないのか)雨が止むのを待ちながら話しかけてきた。
「どういうことですか」
先輩はとてもトンマでマイペースな人だから、焦っているのを見たことがない。だからかわからないけれど、フットサルでコケて血が出ても騒がないし、会社の上司に呼び出されて怒られても気が滅入らないし、彼女に振られても気を落とすところなんて見たことがない。食い放題に行っても、ケロっとした顔でクマみたいに大量の食べ物をたいらげる。そんな先輩に雨で濡れた肩を拭うようハンカチを渡してあげる。いつも常備しているのはさすが几帳面でしっかりしてる人だ、と関心される。彼は「おぉ」と言って濡れた部分を拭うのだけれど、もはや右半身が濡れすぎて収拾がつかない状態になっていて笑ってしまった。
「例えば脳内に道が描かれてて、その道が三本に分かれているんだよ。平坦な道だから少しだけなら先が見えるから先読みができて、進む運命を少し変えられる」
びちょびちょになったハンカチを折りたたみながら、ありがとさんと返してくる。先輩はこういうことに気が回らない。ひどいときは、会社の就業中、彼がトイレから帰ってきてそのままの濡れた手で◯◯さんの書類を掴んだことがあるのだけれど、何も言わずそっと戻して何も無かったような顔で自席に着いていたのを見たことがある。ハンカチだって、洗濯して返そうかとかの一言があってもいいのではないかと冷ややかに彼を横目で見る。
「中々便利ですね。三つ違う内容なんですか?」
「少しだけ先を見てみると、一本目は今いる道と変わらない道がずっと続いてる」
「まぁ安全と言うか。安定と言いますか」
そんな彼も、ここぞというときは相当な威力を発揮する。彼の営業力は部内でも飛び抜けた能力で、彼が出席した商談はほぼ必ず受注するといった説も拡がって、社運をかけたプロジェクトなんかでは彼に声が多く掛かる。彼のジョブスタイルは、「ロジック&パッション」と教えてもらったことがある。人間は、論理と感情で構成されているから、この二つに働きかければ落とせない城はないというのが彼の金言。日常生活ではだらしないわりに、仕事では成果を発揮するのが憎い。
「二本目は遠くが黄金に輝いているんだけど、その大陸に行くための橋がぼろっぼろの長い橋で下は針山」
狭いクリーニング屋の屋根から大量の雨が降り注ぐのを静かに眺める。じっと凝視していると雨の一粒一粒がよく見えるようになってくるのが不思議と面白い。キレイな形をした雨粒を見ていると、なんだか自分たちの存在が中途半端で何の勢いも感じない気がして虚無感に陥ってくるのだ。
「三本目は直ぐ下が海の断崖絶壁だ」
「先が見えるなら選択肢を考える余地がありますね。しかも余計に悩む」
「危ない橋を渡るか安全かっていうことだなぁ。お前ならどうする?」
頭一つ分高い彼は、ギョロっとした目で見下して言い放つ。彼の目は、日常の穏和な様子ではなく、まさに仕事中の目つきそのものだった。一瞬僕と彼の間には殺伐とした空気が流れたが、暫くしていつもの目つきになり、優しい雰囲気を取り戻す。
「そうですね。僕はまだ若いので意外とその二択より海に投げ出して漂流する手もありますよ」
「一番危ないよ」
「でも針山落ちるより海の方がなんとかなりそうじゃないですか?もしかしたら崖に洞窟とかあって違う道に繋がっているかもしれませんし」
「若いと発想が豊かだな」
ふと周りを見ると、クリーニング屋の近くに、煌々と光り輝くお店を見つけた。世間一般に言うコンビニだが、有名チェーンではないので看板があまりにも小さすぎて気付くことができなかった。雨に濡れないようにして、手で頭を覆い駆け走でそこまで向かう。コンビニに入るとすぐ入り口にビニール傘が何本も用意されていて、そのうちの一本だけを取りレジで購入した。
「脳内に道をつくる先輩の方がファンタジーですよ」
「スケールがでかかったな。これだと、どんどん色んなラッキーも考えてしまうね」
「そうですね。針山も落ちてみたら実はたけのこの山かもしれませんよ。といいますか、結局進んでみないと分からないし、悩むのは変わらなかったですね」
「見かけに騙されるなってことでしょうか」
「現実的な話をしようか」
コンビニを出ると、少しだけ雨が休まっていた。それでも傘なしでは若干まだ濡れてしまうくらいだったから先輩と一緒に入って雨の中を佇む。近くには小池があって、カエルらしき鳴き声が響き渡る。
「とりあえず今日のお昼
吉○家と松○とす○家どこにする?」
先輩は人生の選択の話をしているときの目つきとは打って変わって暖かい目でこちらを見下ろす。
「毎日そのルーティーン本当にやめませんか」
しばらく歩くと雨が完全に止み、買った傘がもう不用品となった。さっきまで煩かった雨足が消え、周りを静寂に包む。何も食べていない僕のお腹からは小さい小さい虫が早く食べたいとばかりに催促する声が出た。
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