魔法使いとは付き合えなかった
「RPGの職業だったら何になりたい?」
何名様ですか、と店員に聞かれ、ピースサインで答える。案内されて向かったところは薄暗い電灯下の席。座ってから数分して店員がおしぼりとドリンクメニューを持ってきたので、生ビールとハイボールを1つずつ頼んだ。ものの1分も掛らずに卓に運ばれてきたジョッキは触れると一瞬手を引っ込めるほど冷んやりしていて、寒い時期にとんでもないありがた迷惑を味わう。
「いきなり何ですか」
「君がどんな職業を選ぶのか気になってね」
店員は生ビールを男側に、ハイボールを女側に置いて去っていく。僕はジョッキを照れながら交換する。いつもこんな辱めを受けることに疑問を持っている。男は生ビール、女はハイボールというのは偏見ではないだろうか。たとえ女が生ビールを注文して、男がハイボールでも可笑しくはない、と悶々としているうちに彼女がジョッキを自ら当て、乾杯が終わっていた。
「そうですね、やっぱり魔法使いじゃないですかね。女の子は力より技術ですから」
「俺はやっぱり勇者かな」
僕は彼女が少し苦手。ペースが乱れるからだ。さっきの件でも、乾杯ってのは普通お互いがジョッキをある程度の高さまであげてから、準備が整い次第《チンッ》とするものではなかろうかと思うわけだ。そんなことを考えながら彼女を見ると、メニュー表を独り占めして店員に注文をしている。
「勇者って職業なんですか?」
「唯一無二じゃん?俺にしか装備不可な武器とか防具あるし」
「勝手に話進めないでください」
彼女はタバコを吸う女だ。鞄の中からポーチを取り出して身体に悪そうな写真が貼られた真っ赤なパッケージの箱を取り出す。《ジュボッ》と火を灯して、プハーと白く濁った煙を吐き出す。吐き出すペースは早く、みるみるうちにタバコが小さくなっていく。
「でも勇者の定義ってなんですかね。元々なりたくてなれるものじゃないですよ。つまり職業じゃないと思いますけど」
「・・・物語の主人公になりたい」
「いきなり飛び抜けましたね」
一本目のタバコを早くも吸い終わり、《ジュー》と灰皿に押し付ける。肺にまだ煙が残っているのか、話す度に少量の煙が出てくるのがみえる。
「でもある程度力つくまでは大陸を歩き続けるのも疲れるよね」
「ボス倒すまで旅続けるんですから当然でしょう」
「村行っても基本俺が話しかけるし」
「先頭にいますからね」
彼女はおもむろにカバンからスマホを取り出すと猛スピードで指を弾かせる。製作部の売れっ子は、休む暇もないというとこだろう。先輩の前でスマホをいじる常識の無さも彼女だから許される。手帳を取り出して、2月の後半に《キュキュッ》と赤丸二重丸を記す。
「まぁ何だかんだでオールマイティーだけどね」
「その勇者が最低限でも魔法を使える万能型システムはダメだと私は思うんですが」
「勇者のオールマイティーさを奪わないでよ。誰にでも心のパワー的なものは持ってるっていう趣旨なのだろう」
「そんなこと言ったら魔法使えない拳士は非情な人になりますよ」
仕事の連絡が一息ついて、ハイボールをジャッキの半分まで《ゴクゴク》と飲み干す。気持ちよさそうに飲む彼女の姿を見てるだけで、ほろ酔いの気分になってくる。彼女は一度ハイボールのコマーシャルに出るべきだ。
「・・・。じゃあ魔法使えない勇者なら拳士じゃん」
「いや剣士ですよ」
「エフェクトの違いじゃん!」
「いえいえ。拳士も剣は持てますが剣術知らないですからね」
「いや、だからさ、そんなのモンスター倒す方法は物理的攻撃じゃん。こうさ、遠距離でドーンとかしたいじゃん」
「魔法使いじゃないので無理です。大丈夫ですよ。ドラゴン斬りとかかっこいいと思います」
「ううーん。確かにかっこいいけど・・・。オールマイティーが・・・」
彼女とご飯を行くときはいつも僕から誘うことになっている。それは、彼女は基本仕事が忙しいから彼女から約束して仕事でドタキャンするのが嫌だから、という理由らしいが、じゃあこちらから誘った約束に関してはドタキャンして良いのかという話になるが、そんなことが許されるわけはない。
「大丈夫ですよ。オールマイティーとか言っても別に魔物扱えたり、踊れたりしませんからね」
「それは確かに・・・」
「それに何でも出来ない方がずっと私が側で先輩を支えられるじゃないですか。」
「え?」
彼女はとても美醜的だ。知的で利口で、宝石のような笑顔を持っている。その笑顔を向けられたものは虜にならずにはいられないと部署内でも有名になっている。そんな彼女と、僕は少し前から親しくなっていて、こうして一緒にご飯を行くようになった。この時間は僕の唯一の恍惚する時間で、生きる上でなくてはならないものになっている。一緒にいるだけで、一緒にいるだけでいい。
「先輩今日はごちそうさまでした」
「今夜・・・このあと」
一度は触れてみたい。こんなにも近くにある七色の宝石の光を持つオンナに触れてみたいと思ってしまう。触れた瞬間に、今のこの時がなくなってしまってもよいとさえ思ってしまう。いや、本当は失いたくない。僕の生きる糧がなくなってしまうのは、生きる意味を失うのと一緒なのだから。
「帰ります。私のHPとMPは回復できました。明日も仕事一緒に頑張りましょうね」
「勇者の懐のライフはゼロだけどね」
そんな煩悩と葛藤しているうちに時間は過ぎる。楽しい時間はいつも早く終わる。席を立ち、暖簾をあげて彼女を先に通した後に自分も続いて店を後にする。
「仕事狩ってお金稼ぎましょうね」
振り返ることなく駅の方角に歩き出す彼女の背中を見つめながら、たんまりと数字が羅列されたレシートをそっとお財布にしまい込む。外はまだ寒い。
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