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日常と非日常の音楽

キリスト教雑誌「舟の右側」9月号の、わたしの趣味・気晴らし・健康法という息抜きコラムに寄稿した文章です。ブログ転載の許可をいただいたので、記念に残します。


コロナ禍で私は神が人に与えられた音楽の素晴らしさを再認識した。所属していたゴスペル・クワイアの活動は早々に休止せざるを得なかった。教会の礼拝はオンラインとなり、私ともう1人の奏楽者が自宅で録音した讃美歌のカラオケ音源を配信した。月に1度は通っていたクラシックコンサートも、中止や延期になった。
 
そんな時に、ツイッターでフォローしていた30代の合唱指導者とソプラノ歌手のご夫妻が、リモート合唱団を立ち上げたのでどなたでも参加してください、と呼びかけていた。次の課題曲はバッハ〈クリスマス・オラトリオ〉だという。
 
教会でオルガンを弾く私にとってバッハは偉大な存在だ。マタイ受難曲も教会カンタータもクリスマス・オラトリオもよく聴いていたが、自ら歌う日が来るとは想像もしなかった。自分のペースでオンラインレッスンと録画を見て練習できるのは、コロナ禍で生まれた恩恵だった。

完全リモートで収録されたクリスマス・オラトリオの演奏を終えて、海外渡航制限が緩和された2022年秋にはウィーンへの合唱演奏旅行に参加した。モーツァルトの結婚式・葬儀が行われたシュテファン大聖堂で、ラテン語の〈Sicut Cervus〉(鹿のように)を歌うことは、東京の会社員にとって現実離れした体験だった。
 

シュテファン大聖堂でブルックナー、パレストリーナ、モーツァルトなどを歌う

教会の礼拝もクラシックコンサートも通常に戻り、リモート合唱団はその役目を終えて4年間の活動の集大成としてヘンデル〈メサイア〉全曲の対面演奏会を行うことになった。メサイアは、イエス・キリストについての預言、誕生、受難、復活までを描く全3部、演奏時間3時間の超大作だ。第2部にアルトのソロで歌われる〈He was despised〉という有名なアリアがある。キリストの苦難を描いた、メサイアの中心メッセージとも言える曲だ。
 

「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。」

                        イザヤ書53章3節
 
普通に朗読していても胸がつまって涙声になってしまうこの聖書箇所だが、私の信仰告白の思いとともに、記念受験のつもりでこのソロ・アリアのオーディションに応募した。結果はまさかの合格。先生からは「教会での生活と密に関わっている方ならではの説得力がありました」とコメントをいただいた。

コロナ禍で活躍した自宅のオルガンと、使い込んだメサイアの楽譜

 外に自由に出られず人に会えなかった時期、私の心を慰め、力づけ、燃え立たせてくれたのは、日常にとどまり続けた音楽だった。何百年も前の作曲家たちが神の偉大さと美しさに触れて表現し、受け継がれてきた音楽が21世紀のコロナ禍で人々をつなぎ合わせることになった。人に音楽という贈り物をくださった神のセンスの良さと優しさを覚える。

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