迷子のトム@note
純文学(自称)です。
短いもの。
怖いのが苦手な方はご遠慮ください。
お暇なときにどうぞ。おおむね8万字を超えるものをこちらに分類しております。
地方の住宅街と自治会(町内会)を舞台にした長編ミステリ小説です。約12万字。 人物 古瀬美咲:33歳 東京で仕事をしていたが、在宅ワークができるようになったため実家に帰る 古瀬敏子:60歳 美咲の母、自治会の書記担当 五島岳:自治会長 68歳 東陸男:会計担当 65歳 島本拓也:広報担当 40歳 佐藤留美子:防犯担当 63歳 玉木裕子:衛生担当 60歳 鈴木レイ子:副会長 72歳 三田浩二:副会長 72歳 各班班長 1班:佐伯美子 57歳 2班:高崎
※性的な描写があります。ご注意ください。 誕生 私は八十歳でこの世に誕生した。 と言っても当然私に産まれた当時の記憶があるわけではない。のちに母から聞いたことによると、私はずいぶん下痢をしやすい老人だったらしく、頻繁に紙おむつを交換する必要があったということだ。 私の産まれたばかりの写真も残っている。額には「川」の字を横にしたような深いシワが入っており、頬は赤黒く、口をだらしなく半開きにしており、その無様な老人の姿が昔の我が身と認めるのはいささか勇気の要することであ
※いつもながら、暗い結末となります。それでも良ければお付き合いください。 秋も深まり、森の地面は落ち葉のじゅうたん。 夕方になり、クマさんはそろそろ寝ようと穴の中に入りました。 ウトウトしていると、足音が聞こえます。顔をあげると、シカさんがこちらへ走ってきている姿が見えました。 「クマさん、たいへんだ!」シカさんが言いました。 「シカさん、どうしたんだい。そんなに慌てて」 「森が火事だ! 火事になって、木がごうごうと燃えているんだ!」 それを聞いて、クマさんはびっ
ヘレンは犬のコロちゃんと、森へ散歩に出かけていました。 すると、いきなりコロちゃんが、 「こっちから甘いにおいがする!」と言って走り始めました。 「待ってよ、コロちゃん!」 ヘレンはコロちゃんを追いかけました。 「はあ、はあ、はあ……」 ヘレンがコロちゃんにやっと追いつくと、コロちゃんは一本の木の前で、わんわんわんとほえ続けています。 そして、 「この木だ、この木の実から甘いにおいが漂ってきてたんだ」と言います。 ヘレンはそのみきの太い木を見上げました。 今まで何度も森に来
政治哲学がテーマの作品となっております。約25,000字。 ※ 「臓器くじ」は以下のような社会制度を指す。 1.公平なくじで健康な人をランダムに一人選び、殺す。 2.その人の臓器を全て取り出し、臓器移植が必要な人々に配る。 臓器くじによって、くじに当たった一人は死ぬが、その代わりに臓器移植を必要としていた複数人が助かる。このような行為が倫理的に許されるだろうか、という問いかけである。(Wikipedia「臓器くじ」の項目より引用) 年末ジャンボ臓器宝くじとは 「第8
※オバケ等は出てきませんし、血が出るような残酷描写・暴力描写は一切ありませんが、ホラー小説としております。怖い話が苦手な方はご注意ください。 一 息を切らして峠道のてっぺんにたどり着くと、ヒロシはロードバイクから降りた。激しい呼吸が白い水蒸気になって吐き出されていく。 「13分48!」 顧問の戸田先生がストップウォッチを持って、そう声を張り上げた。 記録更新だ。頬を伝う汗をぬぐいながらヒロシは喜ぶ。 少し遅れて、トモヤが到着した。 「13分59!」 トモヤは放り出す
小学生のたかしくんに、たかしくんのお父さんが言いました。 「いいかい、たかし。今の社会はがんばった人が必ず報われるようにできているんだ。だからたかしも、一生懸命がんばりなさい」 たかしくんは学校の勉強をがんばりました。 次のテストでは100点を取りました。 その次のテストでも100点を取りました。 そして、学年で一番の成績になりました。 たかしくんは難関の私立中学を受験し、合格しました。 中学でもがんばって勉強して、テストでは学年で上位を維持し続けました。
約十年前、東京の大学に通っていたころ、広島出身の紗江は、大阪出身の唯志と付き合っていた。 「県民性」という言葉がどれほどの実効性を持つのかは知らないが、それが有効だとしたら、広島人と大阪人の相性はなかなかによろしくないものだと思う。 両方とも個性的な方言を持ち、たとえ日本中のどこに引っ越そうが、その訛りを矯正しようとはしない。 「あしたの日曜、暇やったらどっか行こか?」 「あしたは天気予報じゃあ雨じゃけえ、近所がええ」 首都のど真ん中で、紗江と唯志はこんな会話をしていた
一 時田隆二、大学一年生。 実家が田舎の山奥にあるため、故郷と同じ県内にある私立大学法学部に進学したのだが、一人暮らしをしている。 両親からは生活していくためのじゅうぶんな仕送りをしてもらっていたが、せめて家賃くらいは自分で稼がなければなるまいと、週に二回だけアルバイトをしている。 隆二がバイト先として選んだのは、時給が高くなるコンビニの夜勤だった。 そのコンビニは、町の中心部から少し離れた郊外にある。すぐ前の道路が片側二車線の国道になっているので、いわゆるロードサイ
※長編小説です。約10万字。 プロローグ インターネット某所の「退職したから好きなことを書くスレPART59」より レス番号178 本日退職したので、ちょっと内部告発的なことを。 R市に10年ほど前に建った某小規模分譲マンションはマジでやばいよ。 一言で言えば手抜き工事なんだが、耐震基準を満たしてないどころじゃない。まともなところがひとつもないと言ってもいいくらい。 レス番号179 退職おめでとうございます。お疲れ様です。 R市って、X県のR市のこと?
※◯◯には任意の単語を入れてお読みください。作中で差別的な表現が頻出しますが作品の性質上必要と判断しました。文責は全て筆者にあります。 差別とは、所詮は受け入れがたい他人の「好み」にほかならない。ある家の主人は醜い召使いより美しい召使いを好み、別の家の主人は黒人の召使いより白人の召使いを好むとしよう。しかし両者の違いはといえば、前者は容認できる好みだが後者は容認できない好みだということだけである。(ミルトン・フリードマン) *** 高松新司、26歳。某地方都市の市役所
黒い背景に「しばらくお待ちください」とだけ表示されていた画面が切り替わって、明るくなった。上品な和室に、将棋盤を前にして、スーツを着たふたりの男性が、真剣な顔をして向かい合っている。右側に座っているのは、眼鏡をかけた中年の男性。左側には、少し太り気味な20代の男性。真正面には記録係の若い男の子が正座をして、退屈そうに顔を下に向けていた。 「みなさま、おはようございます。この時間は、東京千駄ヶ谷の将棋協会”霧の間”から、明王戦本選第三局、羽田与志雄二冠対里田広志六段の対局をお
一 山田太郎(25歳男性)は、一人暮らしのワンルームマンションの玄関から出たところで、スマホを忘れていないか確認するため、手提げバッグのなかに手を突っ込んだ。 スマホはバッグの内側ポケットにあった。 とりあえず取り出して、ディスプレイで時刻を確認する。 7時48分。いつも通りの時間だ。今から駅に向かえば、いつも乗っている電車に間に合うだろう。 歩き出そうと思ったそのとき、山田はスマホのディスプレイに見慣れないアイコンが表示されていることに気付いた。白枠の正方形のアイコ
山のふもとを東西に拓かれた広域農道は、大蛇の腹のように波打っている。 私は二週間に一度、自動車でこの道を通る。「農道」と言っても、きれいにアスファルト舗装された片側一車線の道路で、左手の山の斜面にみかんやキウイなどの果樹園が広がり、右手の下った景色には田んぼや畑が見える。 隣の市へ行くには海沿いの国道を通るほうが近いのだが、あちらは場所によって(特に道の駅付近)は渋滞していることがあるので、それを避けるために山側のこの道を通るようにしている。正確に数えたわけではないが、
はじめに 今年の7月28日、延長された通常国会が終了する2日前、法務大臣の命令により東京拘置所において死刑が執行された。 処刑されたのは、横山辰馬37歳。児童4人に対する殺人の罪で、死刑判決を受けていた。判決確定から6年が経過していた。 事件発生当時、私はとある雑誌関係者の依頼により、事件について調べる機会があったため、内実をそれなりに詳しく知っている。 以下、ここに私の知っていること、調べたことを記しておきたいと思う。 その前に、読者にひとつご承知いただきた
大田ハルカがこの会社に転職して3か月が経過した。ようやく慣れてきたと言ったところだった。 10年近く務めた前の会社に特に不満があったわけではなかった。前の会社はそこそこ大きな規模で、堅実で今どき終身雇用をきっちり守っていた。給料も悪くなかったし、福利厚生もしっかりしていて、大きな失敗でもしない限り定年まで働ける環境だった。人間関係も、まあ良好だったと言える。同じ部署でたくさんの人間が働いているわけだから、人の好き嫌いはあるにはあったが、みんなそれなりに大人の対応をしていて