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silent 5 解釈:ハンバーグを避けること

誰のせいでもないことが一番厄介なの、そういうもんなの。

silent#5

 想(目黒蓮)の母、律子(篠原涼子)のセリフが、湊斗(鈴鹿央士)と紬(川口春奈)の恋のうまくいかなさを良く表している様に思える。
 想の存在と二人が同窓会で再会したタイミング。想がいなくなっていなければ、あの同窓会で再会した時に湊斗が紬を気にかけることもなかっただろうし、紬が弱っているタイミングでなければ仲が進展することもなかった。最終的には、想と再会していなければ、別れていなかったかもしれない。
 想が病気を隠して連絡を絶ったのも、紬が想に声をかけ、気にかけ続けたことも、湊斗が想をフットサルに誘ったことも、全てが大切な人に対する優しさからくる行動だ。しかし、それが巡りめぐって、誰かが傷つく結果になってしまう。それは誰のせいでもないけれど、加害を生んでしまうという厄介な構造だ。
 それでも、紬は「好きになれて良かった、そう思いたい」と考え、過去のことを否定しようとはしない。誰のせいでもない、避けられなかったことを受け入れ、今を見つめて生きていこうとしている。
 今、紬が見つめていたのは湊斗だった。しかし、その気持ちは真っ直ぐに湊斗へ伝わらない。湊斗はどうしても、紬の言葉や行動に想の思い出の影を見てしまう。これも湊斗のせいではなく、想は湊斗にとっても大切な存在で、理由も分からずいなくなってしまったからこそ、どうしても見ないふりは出来ず、その不在を見つめてしまうのだ。

 紬の好きだという言葉が湊斗に伝わらないことには、もう一つ理由がある様に思える。

建前を本当にしていく3年間

 なんとなく、成り行きで始まった紬と湊斗の交際は、お互いの下の名前を呼ぶ様に頑張ることから始まる。それは振り返ってみれば、建前から入って、恋人として本物になっていくという関係の築き方だったのだろう。建前を本当にしていく3年間だったのだ。
 しかし、行き着いた二人の関係は、紬からみると、何となく家族みたいな大切な人というものだった。その関係を先に進めていくために、二人は同棲する家を探すが決められず、結局これも恋人という関係を維持するための建前になってしまっている。
 最後の電話でも、二人はお互いの建前とその裏の本音を理解した上で会話を行う。建前が崩れたのは、紬が湊斗のことを「面白くはなかった」と評し始めたところからだ。その後で、それでも「戸川君のこと好きだった、この3年間一番好きな人だった」と伝えることで、ようやく紬の言葉がストレートに湊斗に伝わる。それを聞いた湊斗もヘアピンの忘れ物が建前であることを告白し、ただ話したかっただけだったと、本当の言葉を伝えることができた。建前の裏の本音を想像しすぎて、本当の言葉が見えにくくなっていたのだ。
 そして、この3年間に意味があった、そこに恋があったことを確認した二人は、また建前の会話に戻る。お互いに泣いていることはわかっているのに、「顔見たら泣いていた」と、相手を心配させないように、建前で電話を終わらせる。電話が切れるのを待つ湊斗の電話口から、紬の弟、光(板垣李光人)と紬の会話が聞こえてくる。建前のいらない弟との会話の中で、紬は湊斗のことを「戸川君」ではなく「湊斗」と呼ぶ。建前から始まった恋は、少なくとも一部は本当のことになっていた。ちゃんと、無意識に名前出ちゃうくらい好きになっていた。
 それが伝わらなくなっていた理由を紬は、自分が安心しきって、ぽわぽわしてしまっていたからだと思っている。しかし、それも紬のせいということはなく、そんな優しい湊斗だったからこそ好きになったわけで、そんな湊斗だったからこそ安心しきってしまったのだ。

ご飯を食べること

 紬のことが好きだけれど想の影を見てしまう湊斗と、湊斗のことが好きだけれどポワポワしてしまう紬。
 はたから見ればうまくいっている様に見える二人は、想と再会し、それぞれに真っ直ぐ相手に言葉を伝えることができなくなっていた自分達に気がつく。そしてこのままでは前に進めないと思い、別れることに折り合いをつけた。
 湊斗は「お腹空いた」と、自らご飯を選び食べるためにベッドから起き上がる。脚本の生方美久が尊敬すると公言している坂元裕二が、カルテットで書いた松たか子のセリフ「泣きながらご飯を食べたことある人は、生きていけます」は、おそらくsilentの世界でも有効だ。silentの中では紬の元気の証として描かれることがほとんどだったが、お腹が空いてご飯を食べられることは、すべての人にとって、前を向いて生きていけるということのバロメーターになっている。
 一方で紬は、ぽわぽわではなくキラキラした自分になろうとする。ポニーテールを試そうとしてみたり、想の前に現れた紬の青いセーターはこれまでより少し首元の開いたものだった。これが想に向けたキラキラであるかどうかは6話以降に語られていくのだろう。そして、紬は「すごく、お腹が空いている」と想を食事に誘う。湊斗も紬も、悲しいけれど、ご飯を食べて、前を向いて生きていこうとしている。

やっぱり再会できて良かったと思う

 一見すると、紬と湊斗の別れは、紬が想に声をかけてしまったことが全ての原因のように思える。実際、別れに向かった発端はそうだろう。
 しかし、想が「青羽が手話で話してくれることも、湊斗達とまたサッカーできたことも、うれしかった。青羽と湊斗には悪いけど、やっぱり再会できて良かったと思う。」と言うことで、結果的に別れをもたらすことになってしまった紬の行動が救われる。それはきっと、紬が欲しかった言葉だ。
 想は「8年分の思ってたこと、今伝えたいこと、これからは全部言葉にしようと思ってる。」と続ける。そして少し迷った後「青羽が俺のこと見てくれるなら、ちゃんと言葉にしたい」と伝える。その迷いには、告白めいた気持ちが隠れているのかもしれないし、単に紬に「今、佐倉君の顔見て話すのつらい」と言われたからかもしれないし、今のところは分からない。
 しかし、それは耳の聞こえない想が手話で言葉を伝えるための最低条件であり、紬にとっては好きだった電話での会話に別れを告げ、真っ直ぐ本音を伝えるために新しいコミュニケーションに挑戦していくことを意味している。

ハンバーグを避けること

 出会い直した紬と想が初めて食事にいく場所を選んでいるとき、紬はハンバーグを避けるよう想にお願いする。
 表向きには、昨日ハンバーグだったから今日は違うものが食べたいということかもしれない(余っていたら今夜もハンバーグかもしれない)。
 とはいえやはり、最初のデートでハンバーグを食べに行くという行動には、湊斗との思い出がついてまわる。湊斗との付き合いを経て、ハンバーグには湊斗との思い出が残っている。それでも今は真っ直ぐ想を見て話している。
 想から食べたいものを尋ねられ、「なんでもいいよ」と言った後、続くセリフの場面で川口春奈は真っ直ぐカメラを見つめて「ハンバーグ以外にして」という。これは想を見ながら話しているという演出だ。
 我々視聴者が想の視点で語りかけられる時、紬の言葉を正面から受け止めながらも、ハンバーグを避ける意味を、湊斗の不在を見つめざるを得ない。
 対する目黒蓮もカメラ目線で返事をする。想はハンバーグに何か思い出があることは感じ取りながらも、真っ直ぐ紬を見て話を受け取り、包み込むような表情でうなずく。想は湊斗の影を見るのではなく、湊斗のことが好きだった紬の言葉を真っ直ぐ受け止めようとしている。
 再会と別れを経てはじまった紬と想の出会い直しは、湊斗と紬の二人ではとどかなかった関係性を築いていこうとしているように思える。


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