【書評】宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
『成瀬は天下を取りにいく』について書こうと思う。というのは最近、続編である『成瀬は信じた道をいく』を読み終えたから。
主人公はもちろん成瀬。我が道を行くタイプの女の子である。この成瀬が作者の在住地でもある滋賀県の大津市を舞台に天下を取りにいく、というあらすじ。
どんな風に天下を取るのかと言えば、例えば第一話「ありがとう西武大津店」では幼なじみの島崎に対して「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と宣言した成瀬は、夏休みに地元の百貨店、西武大津店に通い詰める。閉店間際ということで滋賀のローカル番組にて毎日カウントダウンの模様が中継されているのだが、その中継画面には毎回仁王立ちの成瀬が映りこんでいる……、とこんな感じで成瀬は天下をとらんとするのだ。
小説の魅力はもちろん成瀬のキャラクターでもあるのだが、特筆すべきは地元としての大津の描かれ方だと思う。地元の百貨店が潰れる、あるいは潰れた、というのはある都市におけるローカルな問題に見えて今現在かなり普遍的な出来事である。「(百貨店)、○○年の歴史に幕」という文字列や、閉店時に感謝の言葉を述べて頭を下げる役員や従業員の姿をニュースで見かける機会も、ここ数年で特に増えた。わたしの地元でも数年前に伊勢丹が潰れ、今では新しくショッピングモールになった。隣の柏市の駅前にあったSOGOは閉店後、建物自体がもう6、7年も放置状態である。百貨店の話はゼミの発表でも以前触れられていたような気もするが、とにかく「ありがとう西武大津店」、延いては本作全体でテーマにされる小さな規模での問題は、実は大きな問題で普遍性がある、と思う。地元の形が変わること、その期待とノスタルジーを、読者は大津での成瀬の物語を通して自身の地元と重ねていくことが出来る。
一方で、本作については思うところがないわけでもなかった。これは好き嫌いの問題でもあるが、個人的には無視できない部分である。
作品は章ごとに、小さい子供から大人まで様々な人々が、地域のイベントや偶然の出会いを通して成瀬と邂逅し、影響を受けていくというスタイルで進んでいくのだが、語り手が皆一様に他者への配慮の点で優れている。
相手は今こう思っているかもしれない、もしくはこう思っているかもしれない、あるいは成瀬のことだから何とも思っていないのかもしれない、という具合で会話しながらの他者への想像力がすごい。
想像力や他者への思いやりそれ自体は大切なことだと思う、けれど小説としてはどうだろう? と思わずにいられない部分もあった。即ちそれは1983年生まれの作者の想像力であって、語り手の、例えば小学生の想像力だろうか、と疑問に思ってしまう、ということ。
配慮思考の模範解答をポンっと提出された感じ、と言えばいいか。そうしたものは読み手が各々の人生経験から徐々に作り上げるもので、小説はむしろ各々が作る抽象的なものを支える具体の一つにしかなれないのでは、と思う自分としては、語り手のその成熟した想像力は、自分で作るのが楽しいレゴブロックの、完成品をプレゼントされたような違和感を覚える。そしてそれは転じて、作者の「私はここまで他者に対して普段から配慮しています。文章を読めば私の人間性もわかってくれますよね?」というご時世に合った弁解にも思えてしまう、というのはさすがに穿った見方だろうか。
本作が評価され、本屋大賞にノミネートされたことを考えると、文芸も今はここまで書かないといけないのかな、想像・配慮を重ねた末の言論統制を受けているような気になったりならなかったり……。
もちろん、こうした丁寧な筆致に温かみを感じるという理屈も通るだろうし、この描き方が、我が道を行くタイプで何を考えているのかよくわからない主人公・成瀬の存在を際立たせるためだったとしたら、それはもう作者の技量に脱帽である。
ところで、続編『成瀬は信じた道をいく』では「やめたいクレーマー」という一編がある。大学生になった成瀬は、愛する地元のスーパー「平和堂フレンドマート大津打出浜店」でアルバイトをしている。スーパーには「お客様の声」というポストがあって、そこへ頻繁に投稿を寄せる女性の話だ。女性自身も本当はクレーマーをやめたいと思っているのだが、心に開いた穴を埋めるために、クレーマーがやめられない。きっと従業員たちも自分のことを煙たがっているだろうと想像していた女性だが、成瀬は違った。あることをきっかけに出会ったクレーマーの女性に対して成瀬は、店員の目に付かない点まで熱心に指摘してくれる、ありがたい存在だと伝える。
捉え方は人それぞれだ。成瀬のような人はかなり珍しいだろうが、日記後半で書いたクレームじみた感想も、こうした見方もあるということ自体が、いつか誰かや何かの役に立つと信じて、と言ってみれば綺麗にまとまるだろうか。本作が面白かったという大大大前提は、続編の表紙、琵琶湖大津観光大使のタスキをかけた成瀬の姿を見て、何があったんだ! と気になってすぐレジに持って行ってしまったことからもご想像頂けるだろう。