すばる
ぐるぐる思考の果ての果て 生きているうちはその片鱗しかわからないと思う
私はいつだって前になど進みたくない。 いつも昔に戻りたい。 できたら2歳くらいの、自由で何をやっても許されていた時期に戻りたい。 夢を毎日見て、忘れて、その繰り返し。 現実に振り回されて、できるだけ覚えて、でも大事なことは忘れて、その繰り返し。 団地の棟の隙間。 破れた小さな金網。 潜り抜けて外に出ると太陽の光がシロツメクサの花畑に降り注いでいて眩しかった。 その後、何度もそこに行ったけれどもう見られなかった。 私には綺麗な記憶がたくさんあって、ときどき、それだけで生きて
あの時のメンタルダウンしていた自分にかける言葉があるとしたら「変わろうとしなくていいよ」「もっと良くなろうなんて思わなくていいよ」「立ち向かおうとしなくていいよ」かもしれないなと思った。 通りすがりの人の言葉で揺らいでいたあの頃の私、なんて若くて無様でかわいくて痛々しいのだろう。 さようならさようなら。 一気に冬が来て本当に不快。 みんな大嫌いだよ。
なんかめちゃくちゃだるい日だった。体力の問題なのか?よくわからない。外はいい天気なのに全く興味を持てない。 カラカラ。 良いことを数えた。 たくさん眠れた、とか。 結構あった。 日々、脳内で自分を否定したり制限する言葉と闘っている。 で、それだけで疲れた。 ★ 私はいつも本当のことを知りたいのだけれど、それが難しい世の中になってきたのか、それとも馬鹿げた教育の結果なのかしらん。 少なくとも多くの人の心に不安や不満、鬱憤が堆積されているのだろうな。 マジで生きているだけで偉いっ
人は恨みとか憎しみをどういう風に処理しているのだろうか? (それともそもそもふつうはそこまで持っていないのだろうか) いやそんなことはないのだろう、と思うのだけれど、私は自分の中にある強すぎる憎しみとかネガティブといわれる感情に身体中が支配される。 人に期待するなというけれどそんなこと可能なのだろうか。 着地することができないものはそのままにしておくのが一番いいのだろうか。 ただ一ついえることは、どこかで正解を探しているから、それは重荷だと思う。
大学時代によく使っていたK駅にいる。けれど実際は高校時代、予備校に行くために通っていたO駅に似ている。なぜか山手線に乗ろうと焦る。地下に特急が走っている。 ★ 夜中に一度目が覚めてからまた寝入る。そういう時に見る夢は思い出そうとすると痺れているような。朝にはもう思い出せない。 ★ 自分が自分ではない心許ないような自由なような感覚、かなり幼い頃から持っている気がする。日中働いていて、外に出て雲などを見つけると奇妙な気分になる。 ★ 東京は全体的に夢に出てくるような街。 ★ 23
◯ナイロンの制服がきつい もっとマシな青に近づきたい ◯狼煙も上げられない 右から左へとただ流れるニュース ◯スヌーズをかち割る スマホの欠片が8:00まで飛び散る ◯拵えられた課題に ねえ 一生そうやって煽られる僕ら ◯これはわたしの傷なので 鼻歌を歌いながら治していくだけ ◯疲労を披露して再評価 条件反射ではははと笑う
寒い。明日からまた仕事だと思うと活力ゼロになるので、とにかく現実逃避のために寝まくる。在らん限りの力をもって眠る。すると夢を見る。 ★ 夢…日本、南の方かもしれない。遠くに鳥居が見える。「思い出さなくてはいけない」と思うのだけれど全く思い出せない。とても切ない気持ちになる。鳥居の向こうには海が広がっている。ホッとする。大きな木がある。ここで突然明晰夢のようになり「どうせ葉の影は偽物だろう」と巨木をまじまじと見つめる。前職の先輩から件名がおかしいメールが入る。本が返されていない
夢…原宿のような場所で水玉模様の傘を買う。家の周りは川になっていて、泳いでいくと綺麗な海になっていた。貝がやたら大きかった。ロバに乗った女性。 ★ 寒い。気が滅入る。鍼灸に行く。身体が素直だ、スタイル良い、など褒められまくったので気分が良い。痛くないし生理痛が和らいできたのでしばらく通おうと思う。私にとって痛くないことは超大事。 ★ 私のようなタイプの人間は余計な情報に振り回されて惑わされない方がいいな、と思う。雲を見て久しぶりによくわからないけれどなんか綺麗だなと感じた。
期日前投票に行った。 驚いたのは、投票所がまあまあ混んでいたこと。 いま自分が住んでいる地域での投票は初めてだから前回と比較はできないけれど、それでも関心が高いのだろうなと思った。 休日は身体がダルくて仕方ない。加えて、ここのところまたメンタルの調子がよろしくない。仕事以外の時間は永遠に寝ていられる。 でも選挙には行きたい、行かねばという気持ちで行った。近い将来、家に居ながらオンライン投票もできるようになればいいよね。 2022年に、日本も政権も変わるだろうと勝手に期待してい
夢の内容が変化し続けている。面白いので記録する。 ◯月◯日 昔住んでいた東京の下町。だが町名は違う。原宿のような場所になっている。二階建ての雑貨屋に行く。黒いガム入れ(小)、キャンパスノート等が売られている。二階には服が並べられている。「スイマー」のような店。スタッフに案内されるがまま、一階から外に出ると珈琲一杯1800円くらいのカフェに出る。20代くらいの女性が特殊な容器を使ってペロペロとラテアートの味見をしている。悪いことをしている。場所柄なのか満員。こういう場所によく
まさか37歳にもなって職場で泣くなんて思わなかった。 心を無にして、なくしているうちはいいのだけれど、誰かに心配されたり優しくされたりするとダメなのだ。前の職場で、優しい人がいじめられたような形で辞めてしまった時も、辞めないでと泣いて訴えた。多分、これから40になっても50になっても泣くのだろう。泣きたくない人生を目指していたはずなのに。もういいや。もうきっとこれからもこんな感じだ。最近はあんなにうるさかった自意識が大人しい。自分を疑って探り続けていたけれど、もう辞めようと思
少しふらついた足取りで職場のロッカー室に戻る。疲れた。悪い人ではないけれどさっき話した人の言葉が気になった。でもそんなこと気にしていられない。気にしていられない。小さいことにくよくよ悩んだり、そのことについて長い間考えたりする。こういう姿勢だと神経が摩耗していくのでやめたい、やめようか。 でもその時に声がする。 「それがなくなったら私じゃないじゃん」 ★ 大人になる過程で諦めたり捨てたりしたものもあれば、それでも「これは私だから」と守ってきたものがある。どの人にもあるのかもし
総裁選はマスコミの異様な盛り上がりに嫌気がさしていたので知らん顔していたが、気になっていた。どうせ小泉進次郎が勝って、あの中ではマシだと思われる石破さんは無理だろうと思っていたので、結果に驚いた。でもどうなるのでしょうか。絶対に戦争には突き進まないでほしい。憲法は改正しないでほしい。あんなに美しい約束の文を自民党が変えないで欲しい。経済成長はかなり前からどん詰まりだと思うので、成長より分配の方向に向かってほしい。と、いろいろなことを思った。あとやっぱり私選挙とか結構好きなんだ
何度か書いているが私はリア充になりたい。それなのに普通にもなれない。でもリア充も普通そうな人も誰でも、人間をよく観察してみて気づいた。そして驚いた。「自分」をすっかり「自分」というモノにできている類の人間が、一定数いるのだ。この世界は広い。なかなか気づけなかった。彼らとは世界の見方がどうも180°違うようだ。 「自己肯定感」などと巷で言われる以前に、彼らは当然のように「自分」を乗りこなしていた。私は自分の衝動をまったくちぐはぐに発散させたり抑えつけたりする。でもそれが自分のや
仕事が大変で、書くことがなかった。 労働から解放されたい。ほとんど眠っていた。もうなんとでもなれと思っている。 ★ noteは正直に記しすぎているから嫌になることがある。元々は昔々の詩を残しておく保管庫にするつもりだった。精神がじわじわと侵食されている感覚をただそのまま見ている。でも結局、そこに善悪も何もなくて、ただ見ていることしかできない。昔から変わらない。不変と言われるものは結構きつい。きつい中を溺れながら泳いでいる。結局お金さえあれば解決することの多いこと。昔よく自転車
浮き足立っていたわけではないのに もう泳ぎ疲れてしまった 交差点を渡る途中 耳を澄ませてみる どこにいても 満たされない声が 声が聴こえる どこで踏み間違えたと思う? どこで振り出しに戻ればいいと思う? 今見えているだけの景色 それだけに惑わされないで どうしたってどう足掻いたって 絡め取られてしまう その弱さ 「そんな声は誰も聴かない」 また電柱に適当にはりつけされる おやすみ もうないものにしよう おやすみ ここでは息が苦しくて仕方ない おそらく負けた でも何