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小説 教室の窓から

 ※本作は「津波」や「災害」といった表現が含まれております。気分が悪くなった場合は速やかに読むのを中断してください。

 教室の窓の外には海があった。でも、それは決して綺麗な青い海ではなく、酷く濁った水だった。私は、3年2組の教室からその様子をただ眺めていた。大きな土色の波が学校を飲み込もうと、校舎を抱きかかえている。これだと思った。退屈な日常、くだらない会話、つまらない授業。それを打ち壊す何かを、私はずっとこの透明なガラス越しに想像を膨らませていたのである。それが、今まさに目の前にある。

 他の生徒は皆、流されてしまったんだと思う。私だけ、先生の指示に従うふりをして、トイレの掃除用具入れに隠れていた。先生の言いつけ通り、教室を出て、廊下に並び、ぞろぞろと動く群衆の中で身をかがめ、死角になっていたトイレへと身を隠した。この景色を見るために。

 昔、私を虐待していた母も、増水した河川敷の中に引きずり込まれていった。私はその日以来、母をさらった大波を見てみたいなと思っていた。酷く濁った水を見てみたいなと。この濁った波が、私を母の呪縛から解き放ち、こうして退屈な日常からも救い出してくれた。あぁ、この波こそが私の味方なのだと心底思った。

 大規模な災害が街を襲ってから2ヶ月程経った。某中学校では先生も含めた全校生徒がかえらぬ人となったらしい。ただ、一人の青年だけが、校舎に残り屋上で救援を待っていたのだ。私はそのニュースを最初見たとき、優秀な判断が出来る生徒もいたのだなと思った。ただ、それと同時にこの生徒の行動に不自然さを感じた。なぜ、生徒は一人で校舎に残ったのだろう。他の生徒や、先生を屋上に誘わなかったのだろう。実際、その生徒のインタビュー記事を見ても、注意喚起をしたという事実はないようだった。もうひとつ、違和感をあげるとするならばその記事に添付されていた写真だった。青年がインタビューを受ける様子が3枚ほど載っていたのだが、いずれの写真も不気味なほどに満面の笑みなのである。

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