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母の遺した服の断服式はゆっくりと進む

母の服を整理しています。

母が亡くなったのは、今年の5月。
福岡の家には、母の大量の荷物と、人生初の一人暮らしをすることとなった父が残りました。

大量の荷物と言っても、開かずの間があったり床が見えなかったりするレベルではないのですが、服が特に大量にあって、押し入れの洋服掛けポールが重みでV字にひん曲がっています。
父の服を探したり取り出したりするのに支障が出ていたので、母が亡くなってすぐに洋服の片付けに着手しました。

父も私も物には感情を残さない方なので、片付けが進みやすくはありました。
親元を離れて30年以上経つ私はまだしも、一緒に暮らしていた父は寂しがるかと思ったのですが、父は私以上に気にしないタイプのようです。

どれくらい気にしないかというと、
私「わあ!私が子供の頃にお母さんに作ったビーズの指輪が出てきたよ!」
父「(こちらをチラリとも見ずに)おう、俺はいらないから、捨てていいよ!」
という会話が行われるほど。
ちょっと見るくらいしたっていいじゃない!!

こんな父でも毎晩母の写真を見てシクシク泣いているほど悲しんでいる訳で、物にとことん興味がないだけのようです。

まあ、それはいいとして。
こんな父娘なのであっさり片付けが進むかと思えば、やはりそう簡単にはいかないものです。
結論はたぶん「私のために買われたものではない服は、私に必要な服ではない」となると思うのですが、このことに気づいていながらも、まだまだ捨てきれない私がいるのです。

母の断服式

母と私は似合う服が全然違います。
母は、身長140cm代で、骨格診断はウェーブ、華やかな顔立ち。
私は、身長165cmで、骨格診断はウェーブみのあるナチュラル、のっぺりとした顔立ち。
服のデザイン的にも色的にもサイズ的にも、全然違うタイプです。

だから、服の選択はしやすいかと思ったのですが、そうは簡単にいかないのが故人の服の整理と思い知りました。

2023年5月、第1回目の断服式

母が亡くなった直後の断服式は、最初はサクサクと進みました。

まず、使用済みの下着は全部捨てる。
未開封の下着はもらう。

着古された服は捨てる。
まだ着られるけれど、私に似合わないものは捨てる。

これだけで8割くらいの服が捨てられたのですが、ここからは手が止まります。

◯捨てられなかったもの
1.私に似合う服
2.そこそこ似合う中古の服
3.似合わないけどかわいい新品の服
4.昭和のオーダーメード

1.私に似合う服

私にしっくりと似合う服が3着ありました。
パンツが2枚、マントというかポンチョというかが1枚。

そして私に似合うということは、母には似合わなかったのでしょう。
ほぼ着た形跡がなく、新品同様です。
これらは自宅に持ち帰りました。

2.そこそこ似合う中古の服

晩年の母はゆったりとした服を着ることを好んだらしく、母には大きいはずだけど私にはジャストサイズのものが結構ありました。

リボンなどのかわいい装飾が付いているものは迷わず捨てたのですが、シンプルなものは私が着ても変ではないので迷います。
母は肌触りにこだわる人だったので、どれも着心地がいい服です。
捨てるのももったいなく感じて、何枚か持ち帰りました。

量が多くて持ち帰りきれなかったものは、そのままタンスに戻しました。

3.似合わないけどかわいい新品の服

着た形跡はない、とてもかわいい服がありました。

全身にタンポポが咲いている柄のワンピース!
同じく全身にミモザの柄のワンピース!

とてもかわいいのですが、私には絶望的に似合いません。
でも全身にタンポポというコンセプトがかわいくて、捨てるのがしのびないのです。

古着屋さんに売る手もあるとは思いますが、親の家は田舎にあるので、古着屋さんに行く交通費の方が高くなるのは分かっています。
捨てる決断ができなくて、そのままタンスに戻しました。

4.昭和のオーダーメード

母の母、祖母はオシャレが好きな人だったようです。
洋服も宝飾品もいっぱい持っていました。

そんな祖母が、母が独り立ちするときに持たせたであろう服が出てきました。
豪奢な布地のリトルブラックドレスと、共布のジャケットです。
裏に母の旧姓が刺繍されているので、仕立て屋さんであつらえたのでしょう。
でも、母が着ているところを見たことがないどころか、持っていることすら知らなかった服です。

60年近く前のものだと思うのですが、ミニマムなデザインなので、全く古さを感じさせません。
私も着ることはできたのですが、あまりに普段着ないタイプの服なので、似合うかどうかは自分では判定できず。

それでも、良質の生地と丁寧な縫製という昭和のものづくりを感じられる素敵な服であることと、折り合いの悪かった祖母と母の知らなかった一面を見た気がして、手放すことは考えられずに持ち帰りました。


布地の豪華さと、襟元のひそかなビーズの細やかさ!

2023年9月、第2回目の断服式

初回の断服式から4ヶ月後、福岡に行き、片付けの続きに着手しました。
まず、前回捨てられなかった服が、どうなったかというと…。

1.私に似合う服

パンツ2本はこの夏に一番着た服になりました。
さらりとした肌触りの生地で程よくワイドな形なので、暑い日にぴったり!
猛暑日続きのこの夏は他の服を着たくなくなるほど、この2本のパンツに頼り切りでした。

ただ、制服にするほどの服かというと、違うんですよね。
手軽に着られて便利なだけであって、コンセプトに合っている訳ではないし、着ていてテンションが上がる訳でもない。

けれども捨てるにはあまりにも便利すぎるので、来年の夏まで取っておくと思います。

もう一枚のマントは、とても好きなのですが、謎のベルトに困惑しています。
お気に入りのY'sのパンツともぴったりで、このベルトが無ければ、制服にしたいほどのポテンシャルはあるのですが、如何せんベルトをどうすればいいのかわかりません。

ジャケットは暑いうちは出番がないので、寒くなるまで処遇は保留です。


前に垂れ下がる外せないベルト状の布。これは何だ!?

2.そこそこ似合う中古の服

これ、全部捨てました。

東京に持って返ってきたものも、冷静に眺めてみたら着る機会がないと気づきました。
自分で買ったまあまあ似合う服だって上手に着れなくて持て余しているのに、そこそこしか似合わない服が増えても混乱するだけです。

福岡から東京までわざわざゴミを運んだのかと思うと虚しくなりますが、心に踏ん切りをつけるために必要な過程だったのでしょう。

福岡に残していたものも、2度目の断服式で全部捨てました。

3.似合わないけどかわいい新品の服

これは、今回も保留にしました。
この世から抹消するのは、どうしても忍びないのです。

今回も福岡に置いてきてしまいましたが、ワンピースが2枚だけなので、次回は東京に持って返ってきてリサイクルショップに出そうと思います。

4.昭和のオーダーメード

これは、涼しくなったら一度着てみて、私に似合うか判断しようと思っていたのですが、9月になっても暑いままなので袖を通してすらいません。

でも、似合わなくても、しばらく持ち続ける予定です。
服を眺めるだけでうっとりとできることと、祖母と母のそれぞれの思いを感じることと、理由は主にこの2つです。
私に似合えば着てみたいけれど、似合わなくても家族の記念の品として持っていようと思います。


ジャケットの内側ポケットの入口ですら、美しい仕事ぶり!

5.手編みのセーター

さて、2度目の断服式では、1度目には手を付けていなかった部分も片付けました。
その結果、新たな捨てられない服が出てきてしまいました。

それは、母の手編みのセーター類!

母は編物が趣味でした。
手編みも機械編みも両方やっていました。
機械編みのものは虫食いだったり汚れだったりを見つけやすいので、気兼ねなく捨てることができたのですが、母が編んでいるところを覚えているセーターは捨てづらいです。

それでも私には似合わない色柄のものは捨てたのですが、私に似合うタイプのものや私に編んでくれたものは保留にして残してあります。
母に編んでとお願いしたときのこと、そのとき母が嬉しそうだったこと、そんなことを思い出すと捨てられないのです。

今、私は、自分の服をコンセプトに沿って制服化しようと目論んでいます。
母の手編みのセーターが制服になることが、この先あるのでしょうか?

いずれにせよ、夏の福岡でセーターについて考えることは難しく、保留にしました。

3回目は、たぶん年明け

次は正月明けに福岡に行くと思うので、今回保留にして福岡に置いたままにした服は、そのときに考えます。

そして、服って掘り起こせば掘り起こすほど出てくるらしく、まだ手を付けていない洋服ケースが1つ出てきたので、次回はこれを開けるところから始めます。

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