自分の部屋の掃除をした。

今日は一日有給でした。
ギターを始めるきっかけとなった「けいおん!」をみて懐かしんで泣いた。
そして部屋の掃除もしてみた。
掃除を進めていくとあることに気がつきました。
「自分の部屋だけ時間が止まっていた。」と。
20だけれど、中学校の卒業アルバムが埋もれていたり、中学高校を通して勉強してきた教科書やノートがどんどんでてきた。


高校3年のとき躁状態で三か月の入院をしてたときのノートがでてきた。
とても人にも言えないようなことをしでかし緊急措置入院となったんですが。
正直そこのあたりの記憶が薄れていた。薄れていたというより、薄れているほうがいい。向き合いたくない現実でもあった。
でも掃除をしていて思ったことがある。
辛いことはあった、たくさんあったけど「必死に生きた」、その証が部屋に散らばっていた。
小さいころから吃音に振り回され、人間関係も思うようにいかなかった。
そして心に限界がきて躁になった。
この短く長いともいえる僕の20年が部屋にまだ色濃くのこっていた。



部屋に散らばっているものをみると、そのものに関するエピソードがどんどん頭の中に入ってくる。思い出していく。
ものすごく辛い作業だった。
真正面から自分と向き合う作業が「自分の部屋の掃除」なんじゃないかと感じた。
とても刺激がつよかったけれどやって後悔はしていない。
まだ受け止めきれないエピソードがいろいろとあるけれど、それはこれから先の僕の人生のなかでゆっくり、ゆっくりと受け止めていこうと思う。


今日のこの掃除で学生時代の向き合いたくない思い出と向き合えたし、あとはもう前を向いて、未来に向いてまた突っ走っていきたい。
そう思います。

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