患者さんを捉える -立位・歩行や方向転換で重心が後方になる症例 後半-
以下に記す症例について、見方、知識の使い方、考え方の流れが参考になれば幸いです。
情報)
高齢の方で移乗介助を要する。
体幹の後傾、膝関節屈曲により重心が後方である。
特に、方向転換では膝関節の屈曲が強まり、介助量が大きくなる。
目標は介助量の軽減である。
後方重心の原因の見方として
①どこかに問題があって、前方重心を避けている。
②わざと後方重心にさせて、何かに働きかけている。
の2点が挙げられた。
①について考えたが、方向転換時に膝関節屈曲が大きくなる理由について説明できなかった。
そこで今回は、
②わざと後方重心にさせて、何かに働きかけている。
について考える。
Q)どのように考えていけばよいか?
A)後方重心を立位や歩行のために必要と考えると
立ち上がる、立っている、歩行するで必要なのは、下肢による身体の支えである。
そこで、下肢筋の作用として捉えてみる。
Q)下肢筋のどれか?
A)通常の立ち上がりや歩行の使用筋は大雑把に、大殿筋、大腿四頭筋、下腿三頭筋である。
それら筋と体幹を絡めて考えてみる。
Q)どのように絡めるか?
A)体幹と下肢をつなぐものとして筋連結がある。
症例は歩行等で体幹を後傾させている。
体幹後傾では、姿勢保持のために腹部筋群が働くが、それと下肢筋は大腿四頭筋がつながる。
具体的には、腹直筋と大腿四頭筋である。
Q)これら筋のつながりで諸動作の現象を説明できるか?
A)
①立ち上がり
頻繁に使う日常生活動作で、最も大腿四頭筋を必要とする。
理由は、大きな位置エネルギーが必要だからである。
この時、症例の下腿は床とほぼ垂直なため、膝関節を屈曲させると重心が後方になる。
それで保持するには体幹屈曲作用の腹部筋と介助者の手を握り、引く力である。
ここで、上肢で介助者の手を引くために上肢の屈筋を使う。
この屈筋は手指屈筋、大胸筋、腹直筋、大腿四頭筋へとつながり、上肢で引っ張ることで大腿四頭筋の収縮を促せる。
余談であるが、入院した高齢者で術後等に立ち上がりや歩行ができなくなる方がいる。
その後、リハにより、平行棒内歩行は何とかできるようになったが、立ち上がりができず、立ち上がりの練習を見かける。
立ち上がりは位置エネルギーが絡むため、歩行より大きな力が必要である。
患者さんを捉える -体幹伸展・後傾や長距離歩行で腰痛が出現する症例 後半-
で述べたように、歩行でも広筋群の強化になる。
歩行練習が、いずれ立ち上がりを可能にする患者さんは経験する。
また、立ち上がりの際、重心が後方のまま上肢で平行棒を引っ張って立ち上がるのも、上記の立ち上がり作用と同じ現象と考える。
介助者の手を引くのを平行棒に変えただけである。
②立位保持
教科書的には、成人の立位保持で働く下肢筋は下腿三頭筋と言われている。
ただそれは、障害のない成人であり、バランスを崩しても他の筋が対応する安心感がある。
高齢者の場合、下肢の筋力は低下してくる。
そのため自身が得意とする筋収縮を使い、危険を回避する。
症例の場合は、腹直筋を利用した大腿四頭筋への促通である。
逆に言うと、バランスを崩しても、他の筋で対応できないための戦略である。
③歩行が進むにつれて後方重心が増加
大腿四頭筋が疲れて保持できないため、わざと後傾させて腹直筋、あるいは大胸筋を介しての腹直筋から大腿四頭筋へ促通を行なっていた。
④方向転換
これまで手指屈筋、大胸筋、腹直筋、大腿四頭筋のつながりで説明してきた。
方向転換も、それを軸に考えると、
歩行で前進する場合は、体幹の後傾で腹直筋の収縮を促せる。
しかし、方向転換となると今度は横歩きに変わる。
横歩きの場合、体幹の側方傾斜の力が生まれてくる。
その側方傾斜の力に対応するには、体幹の側屈筋が必要になる。
そのため、姿勢保持のための腹直筋の収縮が減る。
当然、大腿四頭筋の活動も減少する。
そこで、腹直筋の収縮を高めるために、膝関節を屈曲させ重心をより後方に持っていく。
それを押さえようと介助者が症例の手を引く。
症例も、倒れないように上肢で介助者の手を把持して引っ張る。
把持する力の手指屈筋や大胸筋の収縮を高めようと腹直筋が働く。
腹直筋の収縮により、大腿四頭筋の収縮が高まる。
しかし、膝関節と重心の位置が遠いため、膝にかかる回転モーメントの力に耐えきれず、膝折れを起こしてしまい介助される。
以上のように、大腿四頭筋の収縮を高めるためとすると、すべての現象が説明できる。
当然、アプローチは大腿四頭筋の強化である。
Q)方法は?
A)車椅子座位で両足に重りをつけて、膝関節伸展の抵抗運動を実施した。
Q)経過から、筋力強化は大腿四頭筋中の広筋群がよいと思うが?
A)広筋群を選択的に強化するには、膝関節伸展運動に加えて、股関節の内転、外転運動が必要になる。
症例は、指示に従い1関節を動かせるが、一度に2関節を動かすのは難しい。
Q)立位でハーフスクワットなどが効果がありそうだが?
A)大腿四頭筋への負荷が大きく、立位のまま固まってしまい困難であった。
Q)結果は?
A)週2回、1ヶ月実施して、体幹の後傾が減り、立ち上がりと歩行の介助量が減った。
但し、方向転換では未だ、膝関節屈曲と大きな後方重心が出現していた。
しかし効果があったのでEXを継続していく。
高齢者は若者と違って、EX後の大きな変化が見られないことが多い。
但し、EXが適切であれば、EX前後に量あるいは質に大なり小なりの変化が現れる。
※質とは、例えば、ROMex後に可動域が変化しなくても、EX前に比べて柔らかくなれば、それは変化したことになる。
変化があれば、EXの継続で変わっていく。
変化が見られなくなったら、そこで、また、観察して考えればよい。
怖いのは、導きだした答えに固執してしまうことである。
変化がなければ、その考えを捨てる勇気が必要である。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。