『稲盛和夫一日一言』 6/20(火)
こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 6/20(火)は、「知恵の蔵 ②」です。
ポイント:美しい心を持ち、夢を抱き、懸命に誰にも負けない努力を重ねている人に、神はあたかも行く先を照らす松明(たいまつ)を与えるかのように、「知恵の蔵」から一筋の光明(こうみょう)を授けてくれる。
2004年発刊の『生き方』(稲盛和夫著 サンマーク出版)の中で、「知恵の蔵」がどのような人に開かれるのかということについて、稲盛名誉会長は次のように述べられています。
「知恵の蔵」を開いて知恵を得るにはどうしたらよいのか。それには、やはり燃えるような情熱を傾け、真摯に努力を重ねていくことしかないのではないかと思います。
つまり、何かを得ようと、よい思いを抱き一生懸命頑張っている人に対して、神はあたかも行く先を照らす松明を与えるかのように、「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれるのではないでしょうか。
そう考えなければ、知識も技術も、また経験も設備も乏しかった私に、なぜ世界に先駆けた発明を行うことができたのか、明確に説明することなどできません。
当時の私は、寝ても覚めても研究に没頭し、それこそ「狂」がつくほどのすさまじい勢いで働きました。何としても成功させたいという強い願望を抱き、必死の思いでただひたむきに仕事に取り組んでいたのです。
その報酬として、「知恵の蔵」に蓄積されている叡知のほんの一部が与えられたのではないか、私にはそう思えてならないのです。
宇宙の摂理ともいうべき大いなる知は、人類を絶えず成長発展の方向へと誘導してくれています。ですから、本来生きとし生けるものを幸せに導くための「知」を、人間の都合で誤った方向に使ってはなりません。
しかしながら、今人間は自らが進歩させてきた武器・兵器によって、自らを傷つけ、滅ぼそうとしています。
人類を正しい方向へと導き、地球を破滅への道から救い出すためにも、私たち一人ひとりが、自分の「生き方」をいま一度見直してみる必要があるのではないでしょうか。
それには、人一倍厳しい生き方を己に課し、絶えず自分を律することが不可欠です。人間として正しい生き方を志し、それをひたすら貫き続けること。それこそが人類に平和と幸福をもたらす王道なのです。(要約)
今日の一言には、「知恵の蔵とは、真摯に生きるすべての人に開かれている、私はそう信じています」とあります。
純粋に、世のため人のためにと頑張っている人にだけ一筋の光明が授けられるとすれば、そこには個人の能力や年齢などに関係なく、誰もがその恩恵に預かる資格を有しているということです。
今回の内容は、『生き方』のプロローグに記された文章の一部です。
『生き方』には、「人間は何のために生きるのか」という根本的な問いに対して、まずは私たち一人ひとりがそのことに真正面から向き合い、生きる指針としての「哲学」「理念」「思想」、もっと平たく言えば「考え方」を確立していってほしい、という名誉会長の想いが込められています。
私は本書の中で、人間の「生き方」というものを真正面からとらえ、根幹から見据えて、思うところを忌憚(きたん)なく、説いてみたいと思っています。
生きる意味と人生のあり方を根本から問い直してみたい。そうして、それを時代の急流に打ち込む、ささやかな一本の杭としたいと考えています。
読者の方々が、生きる喜びを見いだし、幸福に満ちた充実した人生を送るための何らかのヒントを本書から得ていただければ、この上ない喜びです。
「知恵の蔵」からは少し外れましたが、皆さんにはぜひとも『生き方』をご一読いただきたいと思っています。