『稲盛和夫一日一言』 7/12(水)
こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 7/12(水)は、「自分で考える」です。
ポイント:行き詰まったら、安易に人に問おうとする。そういう心構えこそが、経営がうまくいかなかくなる理由。
2019年発刊の機関誌 [盛和塾 ]特別版『体系的に学ぶ稲盛哲学』(盛和塾事務局編/非売品)の中で、経営者はいかに働くべきかということについて、稲盛名誉会長は次のように述べられています。
企業の舵取りを担うトップである経営者はいかに働くべきか。
儲けたい、楽をしたいということだけが人生の目的であるとするならば、結局のところ、経営者自身も真の幸福を得ることはできませんし、企業を永続的に発展させることもできないと私は思っています。
ベンチャーにしても、また事業を継承するにしても、まずはその事業を軌道に乗せ、成長発展させることが、経営者としての第一の役割です。
その出発点は、「何としても事業を成功させたい」という強烈な願望を抱いて働くということに尽きます。ですから、そうした格闘技にも似た「闘争心」を持つことができない者は、そもそも経営者にはふさわしくありません。逆に、そうした「思い」さえあれば、資金や技術、人材に恵まれなくとも、熱意と執念がその不足を補って、物事を成し遂げていくことができます。
この「思う」ということが、人間のすべての行動の源となっています。それを明らかに示しているのが、現在の文明社会がたどってきた歴史ではないでしょうか。
人は誰でも「こうしたい」「こういうものがあったら便利だ」「こういうことができれば」といった「思い」が心に浮かんできますが、そうした夢のような「思い」が強い動機となって、新たなものが生み出されていきます。
そこで大事になるのが、自分の頭で考え、そして一生懸命工夫をし、さらに考え抜いて、失敗を繰り返しながらものをつくっていくというプロセスです。事業で成功するためには、そうしたプロセスを継続できる、強く持続した願望を持つことが前提となります。
そして、強い「思い」「願望」を抱いたなら、あとは「誰にも負けない努力」を続けていくしかありません。しかし、人並の努力を続けただけでは、成功はおぼつきません。
ただ単に成功するためだけでなく、生きていくためにも、「誰にも負けない努力」で働くことが必要です。それが自然の摂理なのです。(要約)
京セラフィロソフィでは、「見えるまで考え抜く」という項目で、深く考え抜くことの大切さについて、次のように説かれています。
私たちが仕事をしていくうえでは、その結果が見えてくるというような心理状態にまで達していなければなりません。
最初は夢や願望であったものが、真剣に、こうしてああしてと何度も何度も頭の中でシミュレーションを繰り返していると、ついには夢と現実との境がなくなり、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたように感じられ、次第にやれるという自信が生まれてきます。これが「見える」という状態です。
こうした「見える」状態になるまで深く考え抜いていかなければ、前例のない仕事や、創造的な仕事、いくつもの壁が立ちはだかっているような困難な仕事をやり遂げることはできません。(要約)
頭のなかで、起こり得るすべての問題を考え尽くす。まるで、棋士が対局中に行っているような精妙なシミュレーションを繰り返すことができれば、具体的なイメージが明確に「見える」ようになってきます。
今日の一言では、経営者の心構えとして述べられていますが、これは事業経営に限らず、どんな人にも当てはまるのではないでしょうか。
例えば、経験のない課題に直面したときなど、性急に解を求めるあまり、自分で深く考えることなく安易に他の人にヘルプしてしまう。
他人に意見を求めることは決して悪いことではありませんが、何かに頼りたい、すがりたいという気持ちが先行してしまえば、自分の頭で考えることを放棄してしまうことになりかねません。
「脳に汗をかくほど考えろ!」
全部の意識を集中させて考え抜く。その行為こそが、「誰にも負けない努力」というプロセスにつながっていくのではないでしょうか。