【掛川百鬼紀行第二幕入選作】しちくな商店街

掛川百鬼紀行第二幕 小説部門 入選作
運営の方の対応が真摯かつ丁寧で、素敵なコンテストでした!
当日のハロウィンイベントには参加できませんでしたが、貴重な経験でした。




「あの、ちょっといいですか」
 背後から声がかかった時、私は密かに待ってました、と思った。
「ええ、なんでしょう」
 振り返ると予想通り三人の女の子が立っていた。
「ななきゅうのうだい? にはどう行けばいいんですか? マップだとこの先真っすぐってなってるんですけど」
「それ、しちくなって読むの。七久納台。地図通り道なりに行けば着くよ。私もそっちに用があるから、よければ一緒に行きません?」
「あ、いいんすか。ありがとうございます」
 私は改めて女の子たちを眺めた。三人は高校生、しかも若い時を謳歌しているタイプの女子高生で、揃いの制服にはそれぞれ少しずつ手を加えてあった。
 私に話しかけてきた子はウエーブがかった茶髪、その横でスマホの地図を見ている子は爪をロックな感じに塗っていて、一方うしろで所在無げにしている子は鞄にしこたまマスコットをぶら下げていた。
 三年前の自分と引き比べてみる。カラーともメイクともネイルとも縁遠かった当時の私とは大違いだ。
「三人は学校じゃないの? 平日の朝十時に何してるの」
 今はおしゃれを解禁してそれなりに若者らしくしている。けれども根が無粋なので余計とは自覚しつつも訊いてしまう。
「本当は、っていうか最初は学校行くつもりだったんですけどぉ、電車止まっちゃって」
「一本前のが人身事故起こしたとかで」
「学校着くのいつになるかわかんないし、どうせ夏休み前でテスト返却だけだし、じゃあもういいやって」
「どこか変わったとこないかなって探してたらネットの書き込みが目について」
「心霊スポットとかマジ夏にぴったりじゃん」
「なんかいろんなタイミングに運命感じるよね」
「でも人身ヤバくね? 一人じゃなかったらしいんだけど」
「うっそ、怖」
 三人はかわるがわる喋った。よく互いの言葉が被らないものだ。もはや三人で一人と言っていいくらい通じ合っているのだろう。何となし、顔も似ているような気がしてきた。単に似たような化粧をしているだけか。
 きれいに顔を塗った彼女らは、じりじりと肌を焼くような日差しの中でもほとんど汗をかく様子がなかった。
「お姉さんは何してるの? 肝試し?」
「うん。まあ、そんなところかな。大学夏休みだし」
「いいな休み。やっぱネット?」
「そう。どんな噂見て来たの?」
「幽霊が出る、っていうだけ。詳しい情報はナシ。もしかしてここって有名? あたしたちが知らなかっただけで」
「そうでもないんじゃない」
 アスファルトはぼこぼこで横は草むら、時々畑や家がある程度。これじゃあ道が合っているか不安にもなるだろう。
 草むらの少し向こうにフェンスで囲まれたいかつい建物が覗いていた。廃校だった。
「うわー不気味」
「ホラー映画のロケで使えそう」
「学校の怪談とかそういう系の本思い出す」
 高校生たちは何でも思ったことを口にしたいらしく、ちらっと見えたおんぼろ校舎ひとつで盛り上がっていた。
 辺りに賑わいとか喧騒と結びつくものがないせいか、色さえ焼き尽くすほどの太陽のせいか、彼女たちの声は湯気のように色彩なく漂っていた。
「中学校の頃さあ、怖い話読みたくなって図書室の先生におすすめ訊いたらなんか古そうな本渡されてさあ」
「うん」
「嫌な予感したんだけど一応読んだらやっぱりつまんなかった」
「どんな話?」
「短いのいくつも入っててどれも古い。しかもだいたい変なもの見たってだけの話で」
「実体験系ね。まあ死んじゃ何も残せないから」
「せめて追いかけられるくらいしろよと。一番面白かったのが何とか食い。あの世で何か食べたらこの世に戻ってこられなくなるらしい」
 たぶん、ヨモツヘグイのことだろう。
「じゃ、何も食べなきゃよみがえり放題じゃん。憶えとこ」
 私は心の中で十数えた。次の話は始まらない。私はかぶっていた大きい麦わら帽子のつばを少し上げて振り返った。
「ほら、七久納台に着いた」
 私たちはいつしか商店街に行き着いていた。しちくな商店街と赤地に白の丸文字で書かれた看板が掲げられ、色とりどりのひさしが遠くまで続いている。
 忽然と表れたアーケードに女子高生たちは一瞬言葉を失ったが、すぐに歓声を上げた。
「やばい。本当にあったんだ」
 跳ねて手を叩く茶髪の動きは、重力を感じさせないくらい軽やかだった。
「そこから疑ってたのかよ」
「だってネットって嘘多いし」
「ねえ」
 私はちょっと気になって口を挟んだ。
「幽霊を見てどうするの?」
「どうするも何も」
「見れたら満足ですけど」
「ああ、一応塩は買ってきた。除霊っていうのやってみたいし」
「そうそう。なんかそういうの憧れるっつーか、祓えちゃったりしたらかっこいいよね」
 大した目的はないらしい。
「そっか」
 前を向こうとした私を茶髪が止めた。
「あの、あたしもひとつ気になってることあるんですけど、訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「その帽子、この辺じゃ見ないというか、そういうのあんまりかぶってる人いないですよね」
「ちょっとアヤネ」
 派手ネイルが止めたが、私は気にせず帽子に軽く手をやった。つばがやたら大きくて、後ろに日よけの黒い布がついた田舎のおばあちゃんみたいな麦わら帽子だ。物珍しかろう。
 私も今日初めて買って、初めて身につけた。駅近くの小洒落た店で見かけたときは、この時代こんな場所にとあっけにとられたものだ。
「確かにちょっと変だよね。でも顔とか首が焼けずに済むし眩しくないし、案外かぶり心地はいいよ」
 アヤネと呼ばれた茶髪は、ふうん、とだけ言った。疑問を口にした瞬間が興味のピークだったようだ。
 私は軽く息をついた。さっきのは出まかせだった。
 私の中では、うつむけた頭から白い洗面台にぽたぽた零れ落ちる赤い液体の映像が、何度も再生されていた。
 言いたくないこと、というか隠しておきたいことを口にする必要はない。私はもう一度帽子に手を触れた。今度は押さえるようにしっかりと。
 屋根や建物の陰でやわらげられた光の中で、商店街は穏やかに微笑んでいた、砂がたまった灰色のタイルはアスファルトより親しみやすく、土より歩きやすい。
 十歩ごとに変わる両側の店は万華鏡を思わせた。
 店先に色とりどりの野菜を緻密に組み上げた八百屋。
 ぬらぬら光る魚を氷の上に大雑把に乗せた魚屋。
 もとからなのか汚れなのか、黄土色に濁ったガラスの向こうに埃っぽい空気と茶色みがかった本を閉じ込めた古書店。
 揚げ物とかポテトサラダとか、暖色系の料理が所狭しと並ぶお総菜屋さん。
 真鍮らしき金属の地球儀や、美麗な装飾の施されてたオルゴールなんかが格子に区切られた棚に丁寧に置かれた雑貨屋。
 どれも緩やかな呼吸の中にあって、全体としてしちくな商店街というひとつのハーモニーを成していた。
 夏休みらしい気怠さと和やかさの中にありながら、あまり夏らしくはなかった。暑くないし蝉も鳴いていない。カラスはさっき一羽くすんだ看板を掠めて飛んでいったきり。
 女子高生たちは口と心がつながっているみたいに、何か目にするたび一言二言感想とも鳴き声ともつかない声を上げていた。
 私は完全に聞き流しモードで彼女らを先導していた。
 客の注文に合わせてその場でコッペパンにあんこやマーガリンやジャムを挟んで提供するパン屋。
 トレーの中でビニールごしにも生々しい艶めきを放つ肉たちが住まう精肉店。
 ショッキングピンクのシャツやぼろっちく加工されたジーンズ、地味なのか派手なのか微妙な花柄ワンピースといった、どこかずれたラインナップの衣服が吊り下げられた服屋。
 最初は図鑑かテレビの世界みたいで物珍しかった店々にだんだん食傷してきて、私は女子高生たちの会話に意識を移した。途端に高く浮き上がるようだった音が下りてきて、意味を成し始める。
「なんかお腹空かない?」
「わかる」
「でも食べるものないね、ここ」
「あるにはあるけど食べ歩きとかそういう感じじゃない」
「そう」
「肉とか野菜は料理しなきゃだし」
「お弁当は箸要るし」
「さっきのパン屋寄っておけばよかった」
「えー、あの店なんか暗かったじゃん」
「というか、ここ割とどこも暗い」
「あ」
 ぱらぱらと乾いたローファーの音が止んだ。私も立ち止まる。私が口を開く前にマスコット鞄が言った。
「駄菓子屋だ。初めて見た」
「あたしも」
「うちも」
「何か買ってこうよ」
「ねえ」
 思わず私は口を挟んだ。
「お腹空いてるんだったら、私シリアルバー持ってる。良かったら食べない?」
 近距離にそれなりの声量だったので、盗み聞きも何も無いはずだったが、会話をしっかり耳に入れていたと白状するみたいで少し悪い気がした。それを振り払うようにことさら明るく言ってみたが、女子高生たちの反応は冷たかった。
「いいです」
「そこの駄菓子屋で適当に買うんで」
「お気持ちだけ」
「そう」
 厚意は押し付けるものじゃないけれど、自分でもムッとしているのがわかる声だった。幸いアヤネたちは駄菓子屋の方に夢中で、こっちの返答など聞いちゃいなかった。
 駄菓子屋では狭いコの字型の通路の両脇に小さなお菓子や瓶入りのおつまみ、プラスチックのちゃちなおもちゃが目にうるさいくらいひしめき合っていた。
 色とりどりのラムネや懐かしいチューブ入りゼリー、今では珍しいカルメ焼き。無邪気な女の子たちは遊んでいるのか選んでいるのか、あれこれ手に取っては騒ぎ、棚に戻しては笑っていた。
 店内では私がしんがりで、なかなか進まない彼女らと商品とを交互に見ながら焦れた。ようやく買う物を決めたアヤネたちがレジに着く頃には、私の方が疲れていた。
 レジには誰もいなかった。派手ネイルが張りのある声ですみませーん、と奥へ呼びかけるが店員は出てこない。何かが動く気配すらない。
「あ、これ」
 マスコット鞄がカウンターの箱を指さした。箱は段ボール製のポストみたいな形で、正面に招き猫が描かれていた。猫の横には吹き出しがあった。
「しばらく店を空けます。お買い物に来た方は隣の紙に商品名と個数を書いて、この箱にお金を入れてください」
 マスコット鞄が舌足らずな声で読み上げた。
「無人販売ってやつ? 不用心じゃね」
「値段見てこなきゃ」
 箱に隅を押さえられ、飛ばないようになっている紙には几帳面に線が引かれ、商品名と代金、個数が書き込めるようになっていた。
 私は一足先に外へ出た。記入欄を埋めてお金を払い、出てきた三人は手に手にカラフルなパッケージを握り、ほくほくとしていた。
 どうしたものかとぼんやりしている私に派手ネイルが近づいてきた。
「何も買わなかったんですね」
「シリアルバーあるから」
「一つ食べませんか」
 派手ネイルはその場でプラ容器の蓋をはがし、金平糖をこちらに差し出した。しめた、と私は思った。私は一粒摘もうとするふりをして指を容器に引っ掛け、軽く押し下げた。
「あっ」
 派手ネイルの手から小さいゼリーカップみたいな入れ物が落ち、可愛らしい星型の粒が路上に散らばった。
「あらごめんなさい。手が滑っちゃって」
 三人は唖然と、私は平然としていた。
 興が削がれたと表情で存分に語りながら、三人は菓子を鞄に仕舞った。それだけでは足りなかったようで、アヤネがいろんなところから不満を滲ませながら言った。
「なんかもう疲れたし帰ろうか。幽霊全然出てこないし」
 派手ネイルもマスコット鞄も同調する。私は内心焦った。
「せっかく来たんだから、すぐ帰っちゃうなんてもったいないよ。遠路はるばる来たんでしょ。戻っちゃったら、また来たいと思ってもそう気軽には来られないんじゃないの」
 幽霊ならもう見てるじゃない、と教えてやらなかったのは親切心か腹いせか、自分でもわからなかった。
 私は息継ぎの間も惜しんで続けた。
「もう八割、いや九割がた来たんだから最後まで行こうよ。あとほんの少しで端に着くんだよ。帰るのはそれからでいいじゃない。ぐずぐずしてると日が高くなって暑くなっちゃう」
 リードするように歩きだす私の後ろを女子高生たちがゆっくりついてくる。そう。それでいい。
 アーケードの果てはすぐそこで、終点を宣言するみたいに立派な祠が鎮座していた。
 祠は木製でよく磨かれている。扉は閉まっていて中は見えない。けれども板のわずかな隙間から冷気が這い出しているのがわかる。
 ようやくたどり着いた。背後で三人が落胆の声を漏らしている。
「これだけ?」
「つまんなかったね。変わったところもなくて」
「幽霊が出るなんて嘘っぱちじゃん」
「幽霊なら」
 私は彼女らに向き直った。スマホを手にしたりローファーのつま先をにじにじしたりしている女子高生たちは気付いていないみたいだ。
「幽霊なら、もう見てるじゃない」
「え」
「いつ?」
「ここに来てからずっと。知らなかった?」
「まさか」
 派手ネイルが呟いて後ずさった。他二人も思い当たることがある様子だ。
「除霊してみたい、って言ってたよね」
 声を掛けてみるが、彼女らは逃げ出そうとする姿勢のまま、かわいそうなくらい脚を震わせていた。
「塩!」
 派手ネイルが叫んだ。
「そっか!」
 すぐにアヤネがカバンから塩の袋を出し、力任せにビニールを引きちぎった。そして中身をひっつかむと、思い切り振りかぶり「悪霊退散!」あろうことか、私にそれを投げつけてきた。
「え、待って。なんで」
「悪霊退散!」
「なんで私にぶつけるの!」
 一投目に続き二投目もまともに食らった私は、塩をはたき落としながら横へ逃げた。
「悪霊退散! 早く成仏してよ!」
「まさか私のこと、幽霊だと思ってる?」
 その時、ビキッと足元が鳴った。全員が動きを止めて地面に目をやった。
 タイルにひびが入り、急速に砕けようとしていた。タイルだけじゃない。塩をかぶった店の壁も、鉄球を受けたように崩れ始めている。
「どうなってるの……」
 誰からともなく呟いて立ち尽くす彼女らに、私は怒鳴った。
「塩! もっと撒いて!」
 私は私で鞄から数珠を出してお経を唱える。崩落はとどまることを知らず、音と振動は高まるばかり。
 ずん、とも、どん、ともつかない衝撃があり、私たちは耳をふさいでしゃがみこんだ。直後、手を軽々と越えて、轟音が耳から全身を貫いた。高校生たちが悲鳴を上げる。
 ほどなくあたりは静寂に包まれた。しばらく様子をうかがって、何も起きないのを確認すると私は立ち上がった。女子高生たちはまだうずくまって怯えている。私は一人ずつ手を貸して立たせた。
「もう大丈夫だよ」
「何、さっきの……」
 周囲を見回した三人は、一様に言葉を失った。
 商店街と呼べるものは、もうどこにもなかった。
 地面はタイルがはがされ土がむき出しになり、ところどころ雑草が生えている。建物はあらかた姿を消して空き地となり、かろうじて残っている店は、錆び切ったシャッターで閉ざされている。
「どうして」
「さっきまでの商店街は……?」
 混乱する女子高生たちに私は笑って説明してやった。
「つまりね、商店街そのものが幽霊だったの。大切にされたものには魂が宿るって聞くでしょ。ここも地域の人たちに愛されてたんだね。魂を宿してしまうくらいに」
 太陽がほぼ真上からぎらぎらと激しく照りつける。熱と光にちりちり痛む肌から、すべて消え去ったのだということが伝わってくる。私は続けた。
「でも高齢化とか少子化とか台風とか、その辺の理由はよく知らないけど、ここは取り壊された。つまり死んじゃった。本当ならそこで終わりのはずだったんだけど、このしちくな商店街は形を失っても昔を忘れられず、お客さんを待ち続けた、ってわけ」
「なんで、そんなに詳しいんですか。あとさっき呪文みたいなの唱えてましたよね。あれは一体」
 一番早くショックから抜け出したのは派手ネイルだった。その顔にはなかなかないくらい凛とした強さがあった。私はその切れ長の目を見つめて答えた。
「私ね、実は霊能力者なの」
 言い終わるか終わらないかのうちに、私はこらえきれず吹き出した。自分でも胡散臭いセリフだと思う。でも本当なんだから仕方ない。
「霊視とかして見破ったんですか」
「ううん。実は建物のお化けを見たのは今日が初めてなんだ。視える仲間からここの話とか似た例とか聞いたり、場の雰囲気やネットの書き込み見たりして、推測してただけ。家からそう遠くないし真相知りたくて何度か足を運んでみたけど、いつもこんな感じだった。廃店舗と砂と草むらと」
「じゃあ今日も偶然?」
 高めの声が挟まる。アヤネもマスコット鞄も復活したみたいだ。
「ううん。あなたたちが見たっていう書き込み、たぶん私のだよ。きっと幽霊商店街と出会うには条件があるんだろうなと思って、他の人についていけば入れるかなって。行ってみる、っていう反応があるたびに先回りして張ってたんだ。毎回待ちぼうけ食らってたけど」
「じゃあ、今日もあたしたちの投稿を見てここへ?」
 どこかで蝉が鳴いている。一匹じゃない。じゃあじゃあという濁った音が汗を誘う。
「そう。結構朝早くだったから焦っちゃった。」
 喋って火照った体を冷ますように、私は深呼吸した。
 視界の端に動きがあった。ずっと大人しかったマスコット鞄がつつつ、と歩きだしたところだった。彼女は駄菓子屋のあったあたりの更地で足を止めた。
「どうしたの急に」
 アヤネがついていきながら尋ねる。
「あそこで光ってるの、私たちが払ったお金じゃない?」
 雑草で覆われた中、わずかに顔を出す土の上にちょこんと硬貨が置かれていた。三人はそれぞれ自分の払った分を拾った。
「そういえば、お菓子……」
 鞄の口を大きく開けたアヤネが小さな悲鳴を上げた。彼女が傾けた鞄から、砂がこぼれた。
 女子高生たちが元お菓子の砂を出そうと四苦八苦するのを手持ち無沙汰で眺めていると、派手ネイルが独り言のように言った。
「潰れた商店街なんて日本中にいくつもあるだろうに、何でここだけ?」
 私が考えあぐねていると、マスコット鞄が上の空な調子で答えた。
「あの祠のせいじゃない?」
「そっか。そうかもね」
 推論が彼女たちの間では事実になったらしく、砂の始末が済んだ三人は祠に向かって歩き出した。
「そういえば、さっきは塩ぶつけちゃってごめんなさい」
 アヤネが振り返った。
「あなたのこと、幽霊だと思ってた」
 私は手を振って微笑みかけた。
「いいの。わかってると思って説明を怠った私も悪かったし。それにまあ、いろいろ不審だったよね、私。帽子とか」
 アヤネも笑ったので私はホッとした。朽ちかけてすっかりボロボロの祠に女子高生たちは柏手を打って、深々と頭を下げた。
 私もそれに倣ってお辞儀をする。その時、私の頭から帽子が落ちた。こちらに目をやった三人が息を呑むのがわかった。無理もない。
 今朝メッシュを入れようとして、手に持った毛染め液をうっかりぶちまけてしまった私の髪は、まだらに紅く染まっていたのだ。

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