【ホラーミステリー】僕らと祭壇の夏(2/3)

「端的に言うとね、彰吾の『前世の記憶』は、実は元君の記憶なんだよ。そう考えると辻褄の合うことも多いでしょ。死因とか、享年とか」
「合うけどさ、どうやって『はじめ』の記憶をこっちに移すっていうのさ」
「どうやると思う?」

 恭二はすっかりこちらの反応を楽しんでいるようだった。だが、その表情から真意や意図のようなものは読み取れない。僕は苛立った。自然とそれは口調に現れていた。

「知らねえよ。脳移植とか? っていうか、祭壇の話は?」
「ここで祭壇が出てくるんだよ。あの祭壇は確かに君の家にあった。それを使って君の親御さんは火事の後、元君と彰吾の魂を入れ替えた。だから君は元君の記憶を持った彰吾じゃなくて、元君なんだよ」
 なんてお粗末な答えだろう。さんざん焦らされて、やっと教えられたものがこれとは。

「へえ! あの皿とか鏡の乗った段々に魂を入れ替える力があったなんて。そんなこと思ってもみなかった!」
 一語一語に精一杯の皮肉を込めて、僕は喋った。恭二は意に介さない様子で続けた。

「魂の入れ替えもあるけど、あの祭壇にあるのは一言でまとめると『続きからはじめる』力だね。断絶したものを再びつなぐ力。この場合では入れ替えによって元君の命をつないだことになるね」
 恭二の話は荒唐無稽としか言いようがない。でも僕は反論の言葉を見つけることができなかった。理性は反発を続けていたが、感性は納得しようとしていた。

「で、入れ替わりがあったとして……本物の彰吾の魂はいったいどこに?」
 ようやく絞り出した声はひどく暗かった。
「さあ。いわゆる黄泉の国にでもいるんじゃないかな」
「僕の親はなんでこんなこと、したんだろう」
「本当のところは君の親に訊かなきゃわからないけど、たぶん元君の方が大事だったんだよ。意思の疎通ができて、一緒に過ごした思い出のたくさんある元君の方が」
「そういえば、うちの家、『はじめ』の写真を飾ったりお供え物したりしてない……」
「必要ないもんね。元君はここにいるんだから」
 恭二は変わらず軽い調子で喋っている。僕はそれに感謝すればいいのか、腹を立てればいいのかわからなかった。でも、僕の問いに必ず応じてくれるのは単純にありがたかった。

「これを聞いた僕はどうすればいい?」
「どうもしなくていいんじゃない。今まで通り過ごせば」
「僕がはじめ……じゃない。彰吾を殺したことになるのかな?」
「君は何もしてないじゃん。どうでもいいけど、長年親しんできた自分の名前で他人を呼ぶのは具合が悪いでしょ。わかりにくいし。弟、とかでいいんじゃない。ひとまずこの件に関する質疑応答はもういい?」
「あのさ」
 気持ちの問題をわきに置いて、僕はふと気になったことを訊いてみた。

「この仮説、僕の前世話を聞いて思いついたの? それとも、これも盗み聞き?」
「今考えたんだよ。たぶん俺の親も君の入れ替わりは知らないはず」
「だよね。僕の親もこればかりは家族の秘密にすると思う。そこで不思議に思ったんだけど、なんで恭二兄さんは入れ替わりなんていう、突拍子もないことを思いつけたの? それに祭壇の効果についても、なんていうか詳しすぎる」
「あ、うん。それなんだけどね……」

 僕はおとなしく続きを待ったが、向こうもこっちが何か反応するのを待っているようだった。僕は仕方なく、何、と言った。
「罪悪感に耐えられなくなったのか、君のお母さんは祭壇を俺の家、正確には俺の母に押し付けた。それは結局、三年くらい母が寝起きする和室に置かれてたよ。でも祭壇の知識があるのはそのせいだけじゃない。実は、俺も一回入れ替わってるんだ」
「い、いったい誰と?」
「きょうだい」

 「前世の記憶」の真相の後では何が来ても驚くまいと高をくくっていたが、見事に裏切られた。
「じゃあ、今僕の目の前にいるのは遼一兄さんってこと? いつから?」
「見た目と中身が一致しなくなって、もう八年かな」
 呆然とするばかりの僕に、恭二(?)はちょっと身の上話してもいいかな、と訊いた。僕に断る理由はない。乗り掛かった舟だ。大きく頷いて見せた。

「九年前、祭壇がうちに来てから二年くらい。まだ俺が遼一だったころ……あー、なんか嫌だな、こんな言い方。恭二が階段から落ちて、腕が上がらなくなったのは知ってるよね」
 恭二の口調は明るいままだったが、受ける印象はさっきと全然違った。自分でもどう話したものか、戸惑っているようだ。
「入れ替わったのは翌年の春休み。俺、っていうとわかりにくいから、これからはどっちも名前で呼ぶことにする。で、その春、遼一は盲腸をこじらせて緊急手術。麻酔から醒めた遼一は、なぜか恭二になっていた。最初は全く意味が分からなかったよ」
 従兄は麦茶を一口飲むと、先を続けた。

「それは母と恭二の企んだことだった。どういうつもりだと問う俺に、母はこう言ったんだ。『恭二にもう一度健康な体を与えてやりたかったの』って。こっちのことはどうでもいいのかよ。納得いかなかった。でも、どうしようもなかった。それから約八年。八年を俺は恭二として生きてきた」
 飄々とした態度をかなぐり捨てて、従兄は自身の忌まわしい過去を吐き出した。僕はおとなしくそれを眺めていた。驚きはもうやってこない。正常な感覚が働かなくなっている。

「よく周りの人に気づかれなかったね」
「ちょうど遼一は中学へ上がる年。人間関係が一新されるし、周りのクラスメイトも新生活に忙しいから問題にならなかった。恭二は小六だったけど、けがの後は人を遠ざけてたみたいで、異変に気付くほど親しい人がいなかった。ま、何かおかしいと思う人がいたとしても、入れ替わりなんていう突飛な答えはまず出てこない」
「一学年上の勉強って、そう簡単についていけるもんなの?」
「けがの後は勉強に打ち込んでたから、そのおかげみたい。もともと頭が良かったし」

「死ななくても入れ替わりはできるんだね」
 僕は理性の提示する疑問を淡々と口にした。
「全身麻酔とか意識不明とかならできるっぽい。『断絶』って、要するに機能の喪失なんだろうな。だから、寝てるだけじゃダメだった」
「そのあと祭壇はどこへ行ったの? まだこの家にある?」
「母はあの後、すぐに祭壇を君のお母さんに突き返した。あると何かとトラブルのもとだからね。で、困ったのは君のお母さんだ。悪夢みたいな出来事と結びついた代物を、手元に置いておきたくはない。そこへタイミングよく祭壇を引き取りたいという人間が現れた」
「まさか……」

「母たちの奸計を知って絶望している俺に、母は言ったんだ。『アレは向こうの都筑さんに返したから、もう一度入れ替わろうったって無理』ってね。でも俺は諦めなかった。あいつらの隙をついて、君の家を訪ねたんだ」
「それじゃ、祭壇は今……」
「そこにあるよ」
 従兄は勉強机の方を顎で示した。

「何もないけど」
 僕が言うと、従兄は立て膝で机の前まで移動した。そして真ん中の引き出しを開けた。
「ほらこれ、見覚えあるでしょ」
 従兄の手には、遠い記憶の中で見た皿があった。続いて、従兄はあの鏡を引っぱり出しながら言った。

「一番の問題は、祭壇をどう隠すかだった。そこで考えたんだ。三段は階段状でなくてもいいんじゃないじゃないかって」
「勝手に変えていいの?」
「大丈夫。一応ルールに反することはしてないから」
 これルールブックね、と従兄は一番下の引き出しにあったノートを差し出してきた。これは記憶と違い、妙に新しい。

「いつかこれで自分を取り戻すんだ。祭壇を手に入れた当初はそう思ってた。でもハードルは思いのほか高かった。まず、相手を意識不明レベルにするのが難しい。殴ったり薬を使ったり、下手なことをしたら体に障害が残りかねない」
一番上の引き出しからは、古い大きなハサミと、一メートルくらいの赤い紐が出てきた。

「そうこうしているうちに、俺ら兄弟の人生には大きな差が生じていた。人知を超えたものの力を借りたとはいえ、ハンディを乗り越えたことは弟にとって成功体験となった。それに対して、こっちは自分のあずかり知らぬところで人生をひっくり返された……」
「でも、そんなに悪くない人生じゃん。恭……えーっと、あなたも」
「別にどっちで呼んでくれてもかまわないけど」
「こっちが気になるんだよ」
「世間的には俺の人生も全然恥ずかしくないよ。でももっとすごい比較対象が身近にいるからさあ。あいつ、見た目は現役合格だけど実際は一年飛び級だからね。親にも遠回しに嫌味言われた。知るかっての」
「なんで家を出ないの?」
「資金的な問題と、あと一度家を出たら二度と敷居を跨がせてもらえなそうで怖い。独り立ちしたら縁切りするつもりだけど、それまでは」

 従兄はハサミをもてあそびながら語り続けた。
「こうも差がついた今じゃ、もう入れ替われない。遼一に戻れたとして、その立ち位置を維持する能力が俺にはない。だから、あいつがあの変な女、川上真理と別れるたびにくっつけなおすことで溜飲を下げる日々だよ。別離もまた断絶だから」
 従兄の態度はすっかり投げやりなものになっていた。自棄気味なのか、こっちの方が素に近いのか。でも、そんなこと、僕にはどうでもよかった。

「あの祭壇を使えば、いろんなことができるんだね」
 僕には、一つ考えていることがあった。それは少し前から膨らみ始め、今ようやく形になった。そして、はっきり輪郭をつかめてしまうと、もう無視することはできなくなった。
 僕は意を決して、それを言葉にした。
「一つ頼みたいことがあるんだけど」

「何?」
「その祭壇、僕に譲ってください」
「これ? 別にいいよ」
「あ、いいの? ありがとう。でも、なんで?」
「あっても、もうむなしいだけだから。でも、代わりにこっちの頼みもきいてほしい」

 僕が交換条件をのむと、従兄は祭壇の扱い方を教えてくれた。
 曰く、祭壇はただ置いておくだけではダメで、毎日ちょっとした儀式が必要らしい。
「儀式っていっても、大したことじゃない。三か月くらい毎朝小皿に水を注ぐとか、髪を何日間か切らずに伸ばすとか、そんな感じ」
 手順や作業は全部これに載ってるから、と従兄はノートをこっちによこしてきた。

「じゃあ、えっと、あなたが、髪を伸ばしてたのは……」
「このためだよ。で、今やってるのは九十九日間、毎日お供え物をするってやつ。紙挟んであるページね。ま、お供え物っていっても、適当なチョコとかなんだけど」
 示されたページの真ん中あたりに、確かにそんなことが書かれていた。しおり代わりの紙には、いくつも正の字が切られている。

「これは、何日やったかの記録?」
「そう。ああ、でも神経質にならなくて大丈夫。うっかり間違えたり、事情があって一日休んだりしても罰とかないから」
 話が自身のことから逸れたためか、従兄は前のような調子に戻っていた。

「でも意図的に、こんなものやめてやれ、って具合にやめるとヤバい。『続ける』ための祭壇だから、儀式も続けることが大事なんだろうね」
「勝手にやめたらどうなるの?」
「これは勝手な推測だけど、元君のなくなった火事、あれは儀式をやめた報いだったんじゃないかな。出火原因も、被害が君の家に及んだのも、偶然が重なりすぎているらしいし」

 黙考する僕に、従兄は笑いかけた。
「維持するのは大変だけど使うのは簡単だよ。祭壇の前に座って熱心に祈る。これだけ。しかも入手初日から使用可能。どう?」
「構いません。譲ってください」
 僕はきっぱりと言い切った。


 一週間後の夕方、恭二からメッセージが入った。
「明日の朝一に祭壇を届けに行く。叔母さんたちが起きる前が良いんだけど、何時頃なら大丈夫?」

 あの日恭二はまだ使う予定があるからと、祭壇を渡してくれなかった。
「いつになるかははっきりわからないけど、近いうちにちゃんとあげる。約束する」
 そうして受け渡しのやり方を打ち合わせた。
 僕は五時に、と返信した。階段下収納から荷作り紐を取り出して適当な長さに切る。後は待つだけだ。

 耳元で電子音が弾けた。跳ね起きた拍子にイヤホンが片方、外れて落ちる。四時五十分のアラームを止めて、僕は胸に手を当てた。心臓が手の平を打つ。大丈夫。親には何も聞かれていない。そのために目覚まし時計ではなく、スマホとイヤホンを使った。
 ほどなく恭二からメッセージが来た。

〈もうすぐ着く。起きてるよね?〉
〈起きてる。待ってる〉

 僕はベランダに出て、荷作り紐を垂らした。そのまま柵に寄りかかって生ぬるい空気に浸っていると、庭の隅に人影が揺らめいた。恭二だ。部屋着のようなラフな格好で、あたりをきょろきょろ見回している。手に大きめの紙袋を提げていて、紐に気づくと歩み寄って持ち手を括りつけた。カラスが遠くで鳴いている。僕は従兄が去っていくのを見届けた。
 彼の姿が消えてから十秒数え、僕は紙袋を引き上げた。回収したことを伝えようとスマホを手に取ったが、相手の方が早かった。

〈今括りつけた。中にメモも入ってる。読んだら切り刻んで捨てて。くれぐれもこの間頼んだ件よろしく〉
 了解の二文字を飛ばすのももどかしく、僕は紙袋に向き合った。布がかさばっているが、中身はさほど多くない。勉強机に収めるにあたって、蝋燭や紙垂飾りなど、ルールブックに明確な記載のないものを恭二が徹底的に省いていったおかげだ。

 メモは二枚あり、一枚目には祭壇を構成する品々と祭壇の組み立て方が、二枚目には交換条件の内容と僕の取るべき行動が事細かに記されていた。僕は早速、鏡やハサミを適切な場所へ配置していった。祭具類は教科書と同居させても問題ないらしい。
 ルールブックの様子が記憶と違う点についても説明がついた。定期的に儀式の一つとして、既にこなした作業の内容を除いたルールブックの内容を書き写すというのがある。そして古い方は処分し、その先からは新しい方を使う。これによってルールブックは寿命を延ばすのだ。また、この作業によって、一連の儀式は後戻りもやり直しも利かなくなる。続けることの重要性を高める意図もあるのかもしれない。

 儀式の終わりはどこにあるのか。調べてみたところ、ミスなくこなし続けたとしても、僕の生きているうちには終わらないことがわかった。
 ルールブックのどこにも、この祭壇を作った目的などは書かれていない。使用例、使用方法、儀式内容があるだけだ。
 祭壇セットには、ご丁寧にも前日に供えたらしきチョコがついていた。僕は飴を小皿に置き、銀紙を剥いたチョコを口に放り込んだ。
 二枚目のメモを手に取る。約束は果たすつもりだ。でも状況が整わない限り、僕にできることはない。来るべき時がいつ来るのか、本当に来るのかも定かでない。僕は僕自身と従兄と、どちらの願いを先に叶えることになるのだろう。指示内容を反芻しながらぼんやりと考えた。


 その日は意外に早く訪れた。
 翌日の夕食時、いきなり玄関チャイムが連打された。恐る恐る覗いたインターフォンに映っていたのは伯母さんだった。

 ついにこの時が来た。
 応対に出る母を尻目に、僕は階段を駆け上って自室に滑り込んだ。急いで勉強机から祭壇セットを取り出すと、中の見えない紙袋に投げ入れる。耳を澄ますと階下から伯母さんの、祭壇をどこにやったんだ、という喚き声が聞こえてきた。僕は紙袋をひっつかみ、階段を走り下りた。

「あの、もしかして探してるのって、これですか」
 伯母さんに向けて紙袋の口を少し開く。中身を認めると、伯母さんは目を見開いた。
「どうしてそれを……」
「友達にもらったんです」
 伯母さんは物問いたげな目をしたが、何も言わず紙袋をひったくって去っていった。嵐のような訪問だった。僕と母は車の音が聞こえなくなるまで、二人そろって玄関に立ち尽くした。

「あんたはアレをどこから手に入れたの?」
 ダイニングに戻ると、我に返った母が訊いてきた。母は祭壇のことも伯母が何を求めていたのかも、わかっているようだ。だけど僕に敢えてそこをつつく気はない。僕は架空の友達をでっちあげ、嘘のいきさつを答えた。
 下手な言い訳に母は訝しげな顔をしていたが、深く探ろうとはしてこなかった。自身の後ろ暗い秘密がバレてしまうのを、あるいは僕がそれを思い出してしまうのを、恐れているのかもしれない。
 ひとまず場を切り抜けることができた。僕はホッと胸をなでおろした。この場に父がいないのは幸いだった。いたらもっと面倒なことになっていたはずだ。とはいえ数日は蒸し返されないとも限らない。僕は安堵しつつもひそかに気を引き締めた。
 でも、その必要はなかった。


 次の日、遼一の訃報が入った。死因は熱中症。発見は前日、死亡はおそらく前日未明とのことだった。いとこが祭壇を届けてくれた、少し前くらいの時間だ。これで我が家の祭壇話は完全に立ち消えた。

 サークルに顔を出さず、メッセージを送っても既読がつかないのを不審に思った大学の友人が大家さんに鍵を開けてもらって、倒れている遼一を見つけた。
 遼一は誰かと酒を飲んでいたらしく、テーブルにはビールや酎ハイの空き缶と、スナック菓子やつまみのごみが残っていたという。飲食物の配置や残骸の量から相手は一人と推測されるが、誰だかはわからない。
 遼一の友人たちやサークル仲間に彼の死は伝わっているはずなのに名乗り出る者はおらず、遼一のスマホにも飲みの誘いや約束などのやりとりはなかった。
 部屋にチェーンはかかっておらず、鍵は郵便受けに入っていた。酔いつぶれて眠り込んだ遼一を置いて飲み友達が帰る時に、戸締りしていったのだろう。

 これだけだと酔っ払いが今年の異常な猛暑にやられた不幸な出来事のようだが、奇妙な点が一つ。クーラーだ。遼一の部屋のエアコンは彼のスマホの省エネアプリと連携しており、使用状況が記録されていた。
 夕方から稼働しっ放しだったクーラーに夜の十二時半過ぎ、三時間タイマーが設定されていた。三時間タイマーをかけて寝るのは遼一の習慣だった。それを知っていた飲み友達が気を利かせたのか、遼一本人が夜中に目を覚ましてやったのかは不明。

 両親に教えてもらったり、親戚の会話を盗み聞きしたりして得た死のあらましはこんなところだ。手配することが多くて大人たちは大変そうだった。でも僕にもまだやることがあった。


 お通夜で会った伯母さんは泣きはらした目をしていた。でも、本当に悲しんでいるのかは疑わしい。親や親戚の目を盗んで祭壇セットを返してくれた時の伯母さんは、薄く笑っていた。
 祭具を鞄に収めると、僕は恭二(ややこしいので中身がどうであれ外見で呼ぶことにした)のもとへ歩いて行った。

「久しぶり」
 声をかけると、恭二は沈痛そうな顔をこちらへ振り向けた。
「久しぶり」
 心なしか、その声は震えていた。それきり黙ってしまったので、再び僕から話しかけた。
「家族同士で集まった日以来だね」
「ああ。あのときは、まだ遼一もいて……」
 恭二は言葉を詰まらせた。その様子は、傍から見れば涙を誘うのかもしれない。だが、僕にとっては白々しく、気味が悪いだけだった。
 とにかく、確認は取れた。

 僕はごめん、と言って彼のもとを離れようとした。だが腕を掴まれて引き留められた。
「絶対、おかしい。熱中症なんて」
「どうして?」
「確かに遼一は大学の飲み会でも親戚の集まりでも、潰れるような飲み方をしてた。だけどその後はぐっすり眠り込んで、せいぜいトイレくらいでしか起きない。冷房のタイマー設定みたいな細かい操作をできるとは思えないんだ」
 ゆらゆらと言葉が紡がれる。さっきとは違う心の動きが察せられた。

「遼一兄さんは誰かと一緒に飲んでたんでしょ。その人がセットしてくれたんじゃないの?」
「他人のエアコンのこだわりなんて普通の友達が把握してるか?」
「腕痛いよ」
 従兄は慌てて僕の腕を離した。縋るような表情は消えない。別室から母さんの呼び声が聞こえた。これ幸いにと僕は腕をさすりながら従兄に背を向けた。

「どうしてあんな死に方したんだ……」
 低い唸りに、思わず振り返る。宙を見つめる従兄の険しい顔には、怖気と懐疑の薄化粧が施されていた。

 通夜振舞いをたらふく食べ、家に帰ると十時を過ぎていた。風呂や歯磨きを終えると、十一時近かった。気疲れもあって早く寝たかったが僕にはまだ、やらねばならないことがあった。
 ハサミや鏡を引き出しにセットしてお供えの飴を置いた。僕はその真ん前に正座し、強く念じた。
 ――遼一兄さんと恭二兄さんを、入れ替えてください。



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