【サイコサスペンス】誰がための死に花(3/3)

四、椿死亡三か月前から
 
 死に深く関わった者には、特別な匂いが染みつくのだろうか。SNSで見つけた死にたがりにメッセージを送ると、彼らの多くはすぐに心を開いた。おつらいですね、という椿の片手間のコメントに、長文の泣き言が返ってくる。ユーザー名は本名を一文字変えて〈ツバサ〉。
 また、ひとたび一線を越えてしまうと、初めて程抵抗を覚えなくなるのだろうか。あれから椿はさらに二人を死に追いやっていた。

 一人目は中年の女。塞ぎ込んだ様子で大切な人を失ったと言った女は、相手の詳細を語ろうとしなかった。
「占いとは関係ありませんが、ちゃんとお食事は摂れていますか? ここはフードメニューも充実しているんですよ。この後いかがですか」
「そうね。実はお店に入った瞬間から焼きたてパンの匂いに惹かれていたのよ。もう長いことベーカリーのパンも温かいご飯も食べていないから。どうにも受け付けなくてね」
 女はゆるめのワンピースの腹に手を置き、ゆったりと撫でた。

「私のおすすめはミルクロールです。優しい甘みで大人から小さいお子さんまで人気なんですよ」
「ミルク。そう……」
 占い喫茶に幼い子供など来ない。ミルクやお子さんという単語を使いたかっただけ。案の定、女は物憂げに両手で顎を支えた。
 おそらく女の失った大切な人は、胎児。安定期に入る前で流産だったのだろう。パンや炊き立ての米をしばらく口にしていなかったのは悪阻のせい。

「どんなに悲しんでも、失った人は帰ってきません。忘れるしかないのです。つらくても生きている以上はあなた自身の生活を続けなければなりませんから」
 カードをシャッフルしながら椿が囁いた瞬間、女が椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
「忘れられるわけないじゃない! あなたに何が分かるのよ」

 もういいっ、と怒鳴って去っていった女は、翌週再び姿を現した。
「この間はいきなり出て行ってごめんなさいね。やっぱりまだショックで。でもあなたも共感が足りないと思うわ。若くて人生経験も少ないだろうから仕方ない部分もあるけど、こういう仕事をしているなら、共感の姿勢は大事じゃないかしら」
「おっしゃる通りです。ご指摘ありがとうございます。精進していきます」
「それがいいわ」

「本日はこのためにわざわざいらっしゃったんですか?」
「それもあるけど前回の分、やっぱり占ってもらおうと」
「それでは他のスタッフをお呼びします。占いの種類のご希望はございますか?」
「え、あなたがやるんじゃないの?」
「特にデリケートなご相談のようですので、私では至らぬ点が多すぎると存じます」
「いいえ、あなたがやってちょうだい。この前途中で退席した件は私も悪かったし、そう、あなたも寄り添う練習になるんじゃないかしら」

「それでは、ありがたく占わせていただきます。今後の心の持ちようや身の処し方についてですね」
「ええ、お願いするわ」
 テーブルの小さな引き出しには二組のタロット。椿が掴んだのは新品同然のスペアではなく、欠けた古い相棒だった。降り注ぐ不可視の雨が、頭から肩から皮膚の内側に染み込んで、全身を浸していく。シャッフルしてまとめたカードを女に向けて開こうとして、手が止まる。呼ばれている。椿は束から自分の手で一枚引き抜いた。「十九:太陽」。

「あらゆる生命に活力を与え、生活に喜びや幸せをもたらす太陽のカードです。真ん中の子供をご覧ください、お日様の光を受けて無邪気に笑っておりますよ」
「この子が、私を幸せにしてくれるの?」
「太陽の祝福を受ける幸福な人間の象徴がこの子です。好きなことに打ち込んだり、新しい趣味を探したりしてみてはいかがでしょうか。ガーデニングなどおすすめです。自然と触れ合うことは癒しにもなります。私はアパートに住んでいますが、ベランダで花を育てていますよ」
 嘘だ。ベランダは洗濯物を干す場でしかない。白馬に乗った子供と目が合う。あなたが言わせているのね? 椿は自分の役割を理解した。この子と女の物語の先導役。納得できると笑みがこぼれた。

「去年、鈴蘭を買って育てていたんですけど、植え替えをしたら枯れてしまいました。同じ鉢にその後何度か別の花を植えたんですが、全部駄目になりました。で、放置しておいた鉢をこの間見たら、変なキノコが生えていたんです。調べたらドクツルタケという猛毒キノコのようでした。土が悪かったんでしょうね。土が悪いとどうにもなりません。そういえば鈴蘭にも毒があるらしいです。活けた水を飲んだだけでも死に至ることがあるとか。純潔、純粋、幸せの再来なんて可愛い花言葉に似合いませんよね」

 女がハンカチを目に当てても洟を啜っても、椿はやめなかった。女も口出ししなかった。嗚咽がおさまると、女はわかったわ、ありがとうと静かに言った。
 帰ろうとする女を引き留め、椿は太陽のカードを持たせた。駄目押しのつもり。女は優しく受け止められることを求めている。でも同時に厳しく律してほしがってもいる。きっと周囲は彼女を腫れ物のように扱うのだろう。だからわざわざ椿のもとに来た。

 後日、女が包丁で腹を裂いて死んだと報じられていた。鈴蘭かキノコを使うと踏んでいたので椿は少し驚いた。もしかしたら土が悪い、の部分が心に引っ掛かり、自らの悪しき畑を壊そうとしたのか。それか腹に死んだ子を呼び戻そうとしたのか。腑に落ちない話ではなかった。

 二人目はギャンブル好きの男。要望も宝くじや競馬のあたりを占ってくれというものだった。丁重に断り、なぜ賭け事に打ち込むのか訊いてみた。先輩占い師からこういう客の存在を聞いたことはあったが、会うのは初めてだった。
「勝てば苦労せずがっぽりイケるじゃないすか」
「負ければ損しますよね」
「当然っしょ。でも負けるかもしんないからスリルがある。勝った時のやった感も大きくなるし。だからデカい賭けほど興奮するんだよ。あれを知ったらもうやめらんない。占い師さんはそーゆーのやったことある?」
「宝くじをたまに買うくらいです。これまで賭けた中で一番大きい物って何ですか?」
「酒飲んでたしハイだったからよく憶えてないけど、百万とか。あー、親父の形見のロレックスの方が高かったかな。いつか札束の山とか動かしてみてぇ」
「命のやり取りなんかはどうですか」
「最高」

 椿は十九枚になったタロットのデッキから「十八:月」を引き抜いた。変動する不安定な状況や心境。未知への恐怖や鋭敏な感受性。
「それじゃ、私としませんか? ロシアンルーレット」

 男は吹き出した。
「マジ?どうやんの、はは。銃もないのに」
「コーヒーを使いましょう。二杯注文していただいたら、私が隠れて片方に毒を入れます」
「俺と占い師さんで一杯ずつ飲む。ハズレたら死。いいじゃん」
「では喫茶の方へご案内します。あと、これを」
 椿は月のカードを差し出した。
「何それ」
「幸運のお守りです」

 敵に塩かと男は下品に茶化した。男が頼んだ二杯のコーヒーを椿が受け取り、男に見えないところで細工してテーブルに運んだ。男の前にカップを二つ並べ、自分も対面に座った。男の眼差しが途端にぎらつく。両方を丹念に見分し、片方を手元に引き寄せた。椿は残った方を取った。
「じゃ、せーので一気に飲もう。せーの」

 むせたのは椿の方だった。
「何入れた?」
「塩です」
「白い粉が浮いてたからそっちがドボンだってすぐわかったよ。こっちもだてにギャンブルやってないから。運じゃねえところで勝負がつくことも多い。勉強になったじゃん」

 男は勝利の美酒とばかりにコーヒーを飲み干した。毒入りとも知らずに、椿はさっき片方のコップに毒を、もう片方に塩を混ぜた。塩は敢えて溶け残るようにした。こういう展開になると読んでいた。椿だってだてに占い師をやっていない。
 もし男が塩入りのコーヒーを選んだら、椿は飲むふりだけするつもりだった。相手は脳天を突き抜けるほどの塩分にやられて、文句を言うどころではない。後はカップを片付けて、今回はその時ではなかったと諦めていただろう。

 男のその後は待っていても耳に入ってこなかったので、ネットニュースを漁った。彼は確かに賭けたものを失っていた。あと十八人。
 三人殺ったからわかる。途方もない数字だ。三人、片桐を入れれば四人の死亡報道ではタロットカードについて触れられていなかった。ただ、警察は情報を伏せているだけで、既に関連に気づいているかもしれない。そうでなくてもみんな椿の客だった。どこでどう彼女と繋がるか知れたものではない。懸念を反映するように、椿が自分の運勢を占うたびに結果は悪くなっていった。
 週刊誌に割腹自殺した女の記事が載っていた。グリーフケアへの支援不足や孤独社会といった切り口だったが、椿を焦らせるには十分だった。

 もろもろを持てあましていたある日、〈ツバサ〉がフォローしているアカウントの呟きが目に留まった。
『場所や方法を用意してくださる方はいませんか』
 言わずもがな自殺の話。検索してみると同様の投稿がわんさか釣れた。
 椿は自分の中で何かが組み上がっていくのを感じた。それは恐ろしい計画だった。

 第一歩を踏み出すまでに、さほど時間はかからなかった。
 椿は〈ツバサ〉として、震える手でネットの海に潜む自殺志願者たちに向けて呼びかけた。
『一緒に死にませんか? 方法も場所も用意します』

 通報などされてはたまらないので、目星をつけた相手にダイレクトメールで声をかけた。すぐに数人が反応した。椿は占い師稼業で培ったテクニックをフル活用して彼らを仲間に引き入れた。
 彼女はまた、〈零〉というアカウントを作り、こちらでは〈ツバサ〉の集団自殺計画の参加者のふりをした。ネット上でもじっと待つばかりでは限界がある。花だって虫をおびき寄せるために、匂いや色など工夫を凝らしている。

 椿はある時は自ら率先して死にたがりを目的地へと導く〈ツバサ〉に、ある時は死への欲求とおそれの中で道連れを求める哀れな〈零〉になって人を集めた。
〈ツバサ〉と〈零〉との一人二役自作自演のやり取りを、オープンな形で行ったこともあった。
 話を詰めていくうちに怖いのでやめますと言われたり、やり取りが途絶えることもあった。逆に応募者が友達を連れてくることもあった。努力の甲斐あって、全体として彼女の計画に乗る人は数を増していった。

 椿は以前から〈ツバサ〉としてユーザー一人一人に、嫌なら答えなくてもいいのでと前置きしたうえで、動機を訊いていた。人間関係や金銭、健康問題など現実的な理由を挙げる人もいたし、無力感や虚しさにあえいでいる人もいた。なんとなく、としか言わない人もいれば、回答を拒否する人もいた。
 椿は時折、彼らに似合うカードを考えて一人の夜を慰めていた。だが質問への答えで彼らの扱いを変えたり、メンバーから外したりはしなかった。正解は椿が決めることではない。

 話が進むにつれて、具体的な方法や日取りについて問う声が上がるようになった。尋ねられるまでもなく、椿もそれに頭を悩ませていた。
 色々調べたりこれまでの経験と照らし合わせたりしてみて、結局は毒を使うことにした。数ある毒物のうち即効性と毒性、入手しやすさからニコチンを選んだ。

 場所探しは少し難航した。なんせ人が来なそうで、かつ人の集まれそうなところという相反した条件を満たさなければならない。さんざん考えて、ちょっとした山のコテージを借りることにした。
 日時は一ヶ月ほど先の日曜日の夕方に決めた。

 方法と実行日、会場の最寄り駅をアナウンスする時、椿はそれまで淡々と歩を進めていたのが噓みたいに逡巡した。
 彼女は端末を手に冷たい床へうずくまっていたが、そうしているうちに気付けば手が勝手に動いて文字を打ち、世界へ飛ばしていた。
 もう戻れない。彼女は強く思った。

 残る問題は椿の身の処し方だった。最初は椿も宴席で客たちと毒杯を干すつもりでいたが、死は人生最後の晴れ舞台、という持論が徐々に頭をもたげてきた。それに片桐の死の正反対でこそ、彼と彼の見た特殊な世界と繋がることができる。植物の椿の花は、その盛りに落ちるという。これに倣おうと思った。

 チェーンソーを台車に乗せて、タイヤをつけて簡素な断頭装置を作った。リモコンも有線なら難なく取り付けられた。どうやって参加者の輪から抜けて自分をギロチンにかけるかが唯一の課題だったが、それは自殺志願者の一人が解決してくれた。

『主催者を代わってもらえませんか? 漫画などで見る自殺サークルの主催者にずっと憧れていました。自分にはカリスマ性もないし準備も面倒なので諦めていましたが、これが最後のチャンスだと閃きました。代わってもらえるなら自殺幇助の罪は僕が背負います』
 〈yuuki〉というユーザーからのダイレクトメール。

 利害の一致とその主張への興味から、椿はコテージ集合以降の主催者役を〈yuuki〉に任せることにした。
 覚悟が決まると何事も捗った。まるでネット上の先導者にして扇動者〈ツバサ〉に乗り移られたかのようだった。



 決行日、椿は昼のうちに現地入りして首切り装置と自殺パーティーの用意をした。
 セッティング作業は楽しく、自然と鼻歌がこぼれた。片桐の死から引きずっていた暗く重いものが溶けていくようで、久しぶりに心の底から笑うことができた。
 すべて整ったのは、最寄り駅集合時刻の一時間前だった。

 念のため椿が最期を迎える予定の部屋を含めて二階の全部屋に鍵をかけ、〈yuuki〉にコテージの場所を連絡して先に行かせた。
 椿は〈零〉として駅で仲間たちと合流すると。〈ツバサ〉のアカウントからコテージの場所を残りの参加者全員に知らせた。それからみんなで〈ツバサ〉となった〈yuuki〉の待つコテージへ向かった。

 最終的に集まったのは椿を入れて十八人。残るタロットも十八枚。椿はそこに運命的なものを感じた。
 きっとこのイベントはうまくいく。片桐さんの見た高尚な世界を覗くことができる。抱き続けた思いは成就する。そして私は安らかに眠ることができるんだ。
 椿は心からそう信じていた。
 
 



終 片桐自殺前後(椿の知らないところで……)

 占い処などという場所に片桐が足を踏み入れる気になったのは、仕事の憂さからだった。占い師という適当なお喋りで金を得ている連中を、ひとつからかってやろうと思い立ったのだ。
 そこで出会ったシェリー椿だとかいう女は、片桐のイメージ通りの占い師で、無難そうなことをそれらしく言っているだけだった。ちゃらくて空気の読めない男のふりをして彼女を困らせるのはなかなか面白かった。だいぶ前に過眠症治療で出されたメチルフェニデートの残りを飲んで行ったからかもしれない。メチルフェニデートには覚醒剤に似た作用があるらしい。

 だが、それだけなら彼女のもとを再び訪れる気にはならなかっただろう。
 占い処へ行ってからしばらく経ったある日、片桐の任されていたプロジェクトが頓挫した。

 占い外れたな、と思いながら、後処理の合間に片桐はなんとなく憶えていたカードの名前を検索してみた。すると、シェリーの告げたことのほかに、戦車の逆位置には、突然の挫折という意味もあることが分かった。
 まさか、とは思ったが、普段の根暗で臆病な自分とは違う性格を演じるのが楽しかったこともあり、またあの占い処へ足を運んでみた。

 その時の占いでもシェリーの言葉は外れたが、出たカードは当たっていた。正位置の「月」。隠し事やごまかしをされてしまう。実際、同僚にやられて仕事で大きなミスをした。

 その後もそんな調子だった。
 スマホに未読メールを大量にストックし、着信音が鳴るようにタイマーをかけていった日に出たのは逆位置の「悪魔」。暴言や暴力的行動への警告。数日後、いわれなく浮気を疑ってきた恋人に、ついカッとなって酷いことを言い、おそろいのガラスのストラップをを叩き割ってしまった。
 それでシェリーという女はカードの引きは良いが、意味の読み取りは下手なのだと気づいた。

 だから最後に会った日、ハッピーエンドを迎えるなどと言われた時には笑いをこらえるのに必死だった。この女、今度は何と間違えているのか。調べて思ったことだが、あれは物事に一つの区切りがつくことを示していたのだろう。
 何がハッピーエンドだ。それならなぜ今、自分はこうして……。いや、今回ばかりは的中したのかもしれない。苦しみから永遠に逃れられるのは確かに幸せなことだ。

 カードを預かったのは完全な酔狂だった。片桐はテーブルの隅に置いた「世界」へ目をやった。予備くらいあるだろう。ありふれたカードの一枚くらい、返さずとも罰は当たるまい。
 それよりも。片桐はテーブルの真ん中の遺書に目を移した。便箋に丁寧にしたためて封筒に入れたそれには、職場でのパワハラや仕事そのもののストレス、それて恋人との人間関係に耐えられなくなったので死ぬ、といったことが書いてある。片桐自身もつまらない理由だと思うが、本当のことなのだから仕方ない。

 最初は適当な紙に「疲れました。もう耐えられません」とだけ殴り書きしたが、それではあんまり寂しいので考え直した。ちなみに殴り書きの方は丸めてゴミ箱に放り込んである。
 これで十分だろう。カーテンレールにかけた紐に首を預けた片桐は独り言ちた。
 忘れていることがあるかもしれないが、もう構うものか。どうせ困る自分はいなくなる。
 片桐は自らの立つ椅子を蹴り倒した。



 翌日、返信まめな片桐と連絡のつかないことを不審に思った彼の恋人、竹内柚子は合鍵で彼の部屋を訪れた。
 竹内はすぐに片桐の自殺体を見つけた。彼女は凄まじい死体の様子に腰を抜かし、しばし呆然としていたが、やがて正気を取り戻した。

 我に返った彼女はこの状況への説明を求めてあたりを見回した。遺書がすぐに彼女の目に飛び込んできた。
 竹内は封を開けて中身を読んだ。そして彼女自身のことが書いてあるのに気づくと、それを封筒ごと鞄に仕舞った。
 恋人としてずっとそばにいたのだ。はじめこそ竹内も驚いたが、青天の霹靂というほど意外ではなかった。そのためか、彼女は割と冷静にものを考えることができた。

 竹内はゴミ箱から遺書の反故を見つけると、かわりにそれを広げてテーブルに置いた。その時、彼女はもう一つ見慣れないものを視界の端に捉えた。それは一枚のタロットカードだった。
 そのカードは竹内に一人の女を連想させた。片桐の通っている占い処の女占い師。
 これはきっとそいつのものだ。それが片桐の部屋にあるということは、二人はただならぬ関係だったのだろう。竹内は以前から二人の関係を疑っていた。

 自殺の理由に挙げられた件も手伝って、竹内は片桐と占い師に何か仕返しの一つもしてやりたい気分になっていた。
 彼女はタロットを片桐の服のポケットに押し込んだ。そして指紋をごまかすため、安否確認のようにべたべたと息絶えた恋人の体に触れた。

 何か物足りないと感じた竹内は、すぐにいいことを思いついた。
 取り乱したふりをして近所に、メモ程度の遺書しかなかった、遺体の胸ポケットになぜかタロットカードが入っていた、と触れ回ってやろう。

 もしあの占い師が片桐と本当に親密だったなら、必ずやここに来る。近所の人から遺書とタロットの話を聞いたら女はきっと狼狽する。いい気味だ。
 竹内だって遺書に書かれて不快感を味わったのだ。あの女も少しは嫌な気分になればいい。

 脳内シミュレーションが住むと、竹内は携帯を手に取り、一一〇番に電話をかけた。
 受話器の奥で、呼び出し音が開幕ベルのように響いていた。

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