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教師が子どものご機嫌取りすることについて
前回、教師が子どものご機嫌とりをすることについて書きましたが、「虐待防止」が声高に叫ばれたことによって教師は子どもを叱りずらくなってしまい、教師の尊厳が無くなってきてしまっている。
私達の時代の昭和先生はやり過ぎだったが私の子どもの平成先生もまだ、授業参観では木の棒を持っていて頭をコツンと叩いていた。
うるさい子どもの口にガムテープを貼った先生もいた。
今はこんな令和先生はいないだろう。
しかし、もう、子どものご機嫌とりをする先生を見かけると、悲しくなってしまうのは私だけ?
明らかに媚びているのはどうなのかね。
好かれる先生…
は「媚びてる先生」とは別の場所にいる気がしてならない。
「媚びて好かれる」のは本当の意味で子どもはその先生を好き、ではないような気もする。
私は絶対に子供に媚びたくないから
あまり子供に近づくことはない。子どもの方から近づいてくるような魅力を持ちたいと思う。
では、それはどうやるの?
「自己肯定感」ですね。
自分がしているのは近づいて来た子どもと本気で向かい合い全力で遊ぶ。ことくらい。
子どもを笑顔にすることに全力を尽くす。
これだけでいいと思っている。
教師が子どもに「施す」などという言葉は好きではない。「指導」という言葉も。
教師はそんなに偉そうな存在ではない。
アドラー心理学を学んでいると、立ち位置というものが変わる。
教師の尊厳
とはそういうことで、
媚びるでもなく威張るでもなく
自然にいる、存在する。それだけ。
子どもを安全に見守る。