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メタルエッセイ︰準備をしていた人

「いまブレイクしているAKBのメンバーは、機会に恵まれない時でも自分の何かを一生懸命磨いて準備をしていた人たちだ」 

ずいぶん前のことになるが、AKB48の全盛期に秋元康がそんなニュアンスのことを言っていた。メディアに出てこない、“その他大勢”のメンバー達に向けた言葉だったと思う。

ここで、KISSという大物ハードロックバンドの最終ラインナップに名を連ねていたトミー・セイヤーというギタリストの話をしたい。

KISSは、正式には既に活動を終えたバンドなのだが、今も昔もロック界の超大物であることに変わりはない。

だがトミー・セイヤーという人物については、ハードロックが好きな人でも「トミーってどうやってKISSに入ったんだっけ?」と思う人も多いかもしれない。 

トミーは80年代に、ある新人ハードロックバンドのギタリストとして華々しくデビューした。昔から憧れていたKISSと一緒にツアーをしたり、KISSのメンバーにアルバムをプロデュースしてもらうなどの機会にも恵まれたが、人気が続かずバンドは解散。 

その後はバイトでKISSの雑用係をする傍ら、大好きなKISSのカヴァー・バンド(もちろんフルメイク)を結成して活動をしたりしていたが、以前の様に表舞台に立つ機会は無かった。 

そんなトミーがどのようにしてKISSの正ギタリストの座を射止めたのか? 

タイミングや運もあっただろうが、大きく3つに分けて紐解いていきたい。

1. 高度なギター演奏能力
KISSは90年代に一度活動を停止した後、1996年にかつてのオリジナルメンバーで再始動した。
当時と同じメイクと衣装で復活することにしたのだが、オリジナルギタリストだったエース・フレーリーの腕が衰えており、困ったことに当時のフレーズも忘れてしまっていた。 

そこでKISSは、カヴァーバンドで当時のエースのフレーズを完璧に再現していたトミーを呼び寄せ、エースに「ギター指導」をさせた。

トミーの指導の甲斐あってエースは何とかフレーズを思い出し、ツアーに出ることが出来たのである。 

さらに言うと、アルコールの問題で体調が不安定だったエースに不安を感じたKISSは、もしもの時の代役としてエースと同じメイク&衣装でトミーを常にステージ袖に待機させていたという。それほどまでにバンドがトミーに寄せる信頼は絶大なものだった。 

2. マメさ 
トミーはとにかくマメな男だった。
雑用係としてKISSの側で仕事をしている時、彼はKISSに関するありとあらゆる資料を記録、保管していた。

そのマメさを買われ、1996年の再結成時にはツアー・マネージャーを頼まれ、さらにツアー映像の編集やKISSの歴史を綴った本の編集まで担当し、メンバーの強い信頼を得ることにつながった。 

3. KISSへの愛 
敏腕ギタリストであるトミーは、本来はギターの腕前で高く評価されるべき人物なのだが、バンドに雑用を頼まれても喜々としてこなした。とにかくKISSが大好きなトミーにとっては、KISSのために働くことは至上の喜びだったのである。 

移動先のホテルを予約などはもちろん、メンバーの家の壁のペンキ塗りや雨どいの修理など、公私を問わず精力的に働いた。 

また、筋金入りのKISSファンでもあるトミーは、「キッス・コンベンション」というKISSのファンイベントを自ら企画。このイベントにKISS全盛期のメンバーを集合させ、オリジナルメンバーによる再結成のきっかけまで作ってしまった。 

以上の様に、滅私奉公とも言っても良いくらい精力的にKISSのために動いていたトミーに、ついにチャンスが訪れる。 

オリジナルメンバーでの再結成後に色々あって、ギタリストのエース・フレーリーがバンドを脱退してしまうのである。 

次のツアーに出るまでには時間があったのでオーディションをすることもできたはずだったが、バンドは迷わずトミーをギタリストとして正式に迎え入れた。 

ファンからしてみれば、やっぱりオリジナルギタリストのエースに留まってほしかったろう。 しかし、バンド側からしてみればどうだろうか。 

オリジナルメンバーだが、体調も演奏も不安定なエース。 
有名ではないがギターの腕は抜群で、メンバー以上にKISSを知り尽くし、バンドに身も心も捧げてくれているトミー。 

もはや自明の理、トミーを選ぶのは当然の選択だったのだろう。 

かくて正ギタリストとなったトミーは、エースと同じ衣装&メイクでステージに立ち、全盛期のエースのフレーズを完璧に再現し世界中のファンを喜ばせた。 

「エースのモノマネばかりさせられて可哀そう」 
「トミーは上手すぎ。ちょっと頼りないエースのギターが味があって良かった」 

当然ながら、そういう意見も出た。きっと本人の耳にも届いていたことだろう。 

だが、トミーは私たちが思う以上にKISSのギタリストというポジションに誇りを感じ、エースのフレーズを喜んで弾いているのではないかと思う。 

オリジナルメンバーのポール・スタンレーはこのように言っている。 

「KISSとしてどう行動すべきか判断に迷った時は、(常にファンの視点を持っている)トミーに聞くことにしている」 

天下のポール・スタンレーに、こんな風に言ってもらえるミュージシャンが世界のどこにいるというだろうか?

トミーはたまたまギタリストの座を手に入れたラッキーボーイではない。 彼はずっと「準備していた人」なのだ。

やるべきことを必死にやってきただけさ、とトミーは言うかもしれない。

だが

やるべきことを必死にやり続けたからこそ、この長い長いオーディションをあなたは勝ち抜いたのですよ、と私はトミーに言いたい。

というわけで私はトミー・セイヤーの生き様を断固支持する。 

きっと秋元康だって支持してくれる、はず。


ノーメイクのトミー・セイヤー

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