ショートショート02 つけ麺とジンジャーエール(ウィルキンソン)
好きなものはなんですか? と聞かれたら、大体つけ麺と答える。そうすると次に帰ってくる言葉はえ、ラーメンじゃなくて? だ。
このようにつけ麺はラーメンの亜種、邪道のように思われている。そう言われるのが嫌なら別のものを挙げればいいのだが、そうすると自分もそう認めているような気分になるので避けたい。好きなものを聞いておきながらよろしくない反応を返す相手も相手だが、聞かれてオーソドックスなものを答えられない自分にも問題があるのかもしれない。
私がそう落ち着けようとしているのを知らずして、相手はいかに自分がつけ麺を快く思っていないかを語ってくる。ラーメンのような全部載せの迫力がないだとか、スープが冷めるだとかいった文句に、昔ならばいちいち返していたかもしれない。無言の圧力で相手を黙らせてしまってもいい。しかし、私はそれらをせずに、そうだねと言って、代わりに相手の好きなものを尋ねた。相手は、色のついていない飲み物が好きだと言った。ラーメンの油ぎったイメージとは相反した健康そうなもので驚いたが顔には出さない。一応、へぇーそうなんだ! と驚いた声は適度に出しておく。そうすると相手が代わりに話してくれる。
色のついていない飲み物というのは、水のように透明な見た目でありながら、桃や蜜柑といった柑橘系や、メロンソーダやコーラといったジュースの味がついているものだった。私も、ウィルキンソンの炭酸とか飲むよ、と返したが、それに相手は抗議してきた。味のしない飲み物なんてダメだというのに味はするよ、と返してみたら、薄いじゃんと返ってきて笑いそうになってしまう。いや、あんたの飲み物も本来のものより薄くしてるじゃないかと。しかし私はそれを言わない。美味しいけどなぁとだけ返して、元の話にそつなく戻す。そのまま無理やり元の話に戻そうとすると、相手に不信感を抱かれかねないからだ。
ジンジャーエールが運ばれてくる。それを飲むと、ウィルキンソン製だった。一口ちょうだいと相手がストローを開けて、私の飲み物に入れて、勢いよくすすり、そしてむせた。喉が焼けるように痛いという。ウィルキンソンのジンジャーエールだからね、辛口なんだよ、と言うと、目に涙をためて私を睨んでくる。これで完全にウィルキンソンに対して明確な嫌悪感を持ったようで、このジンジャーエールの悪口を言い、ついにはウィルキンソンの存在意義まで語り始める相手。
私は今この瞬間、この人と関係を切ろうと決めた。まだ話を続ける彼女から目を離さずに、伝票をとる。もう片方の手で、ジンジャーエールを飲み干し、ゆっくり置いて立ち上がった。急いで自分のも飲み干そうとする相手を手で制して、会計を済ませると、相手は私に用事があって早めに帰るのだろうと推測したらしく、何も言わずにまたこちらを見ずにスマートフォンに視線を落していた。私はなんだかむしゃくしゃして、相手に近づき、
「つけ麺のスープは温めなおせるから」とだけ言って踵を返す。
相手との関係はもう温めなおせないかもしれないと、帰り道少し思ってちょっと泣いた。