あの日のことが思い出される
内からホウオウアマゾン、クリノガウディーが先手を奪い、それにサリオスやグレナディアガーズが続き、前半マイルが47秒6、後半マイルが45秒0という、G1レースとは思えないほどのスローペースに流れた。最後の直線に向いてからの究極の瞬発力勝負となり、ディープインパクト産駒最強のマイラーであるグランアレグリアが突き抜け、56kgの斤量に恵まれた3歳馬たちが2、3着を占めた。レースは生き物とはいえ、さすがにこのペースは遅すぎて、今年に限っては力と力のぶつかり合いという激しさはなかった。
それにしても、ここが引退レースとなったグランアレグリアは、桁違いの末脚を披露して完勝した。スタートしてから前進気勢に欠ける素振りを見せたときはヒヤッとしたが、エンジンが掛かり始めるとしっかりハミを取り、最後の直線に向くや走る気満々。あれだけ後ろから外を回しても楽に差し切るのだから、このメンバーとこの距離では力が違った。前走の天皇賞・秋はやや力を要する馬場と2000mの距離が影響して伸び切れなかったが、さすがに今回は盤石の勝利であった。
私が初めて好きになったシンコウラブリイという牝馬がいる。ニシノフラワーやアドラーブル、サンエイサンキュー、エルカーサリバー、タケノベルベットというヒロインたちが多くいた世代だったが、私はシンコウラブリイが好きになった。きっかけは1992年のマイルチャンピオンシップ。前走の富士ステークスから連闘で臨んできた3歳牝馬を私は軽視し、ダイタクヘリオスに印を打っていた。ダイタクヘリオスのお得意のパターン4角先頭が決まったにもかかわらず、最後まで食らいついてきた馬がいた。それがシンコウラブリイであり、連闘にもかかわらず最後まで一生懸命に走り、古豪マイラーに食らいつく3歳牝馬の姿を見て、私は応援したくなったのだ。
私とシンコウラブリイの蜜月はわずか1年しか続かなかった。翌年の秋、シンコウラブリイはマイルチャンピオンシップを最後に引退したのだ。雨が降って、走りにくい不良馬場となったにもかかわらず、逃げ馬をゴール前で悠々と交わして完勝したシンコウラブリイの姿は実に美しかった。あの美しさを思い出すような、今年のグランアレグリアの走りであり、28年前のマイルチャンピオンシップが思い出され、つい重ねてしまった。
クリストフ・ルメール騎手は秋シーズンに入って初めてのG1勝利であり、またグランアレグリアのラストランを飾れたこと、さらに腕を買ってもらった藤沢和雄調教師にも恩返しができたというあらゆる感情が爆発し、よほど嬉しかったのだろう、ゴール後は珍しく何度もガッツポーズを繰り出した。岡部幸雄元騎手はバランスを崩して馬の脚元を痛めてはいけないという理由で、勝った後も決してガッツポーズをしなかったし、あのシンコウラブリイのラストランでさえガッツポーズはもちろんなく、まるで平場のレースを勝ったあとのような素振りであった。ジョッキーの所作は対照的であったが、藤沢和雄厩舎の名牝、名マイラーを無事に勝って引退に導けた喜びは同じに違いない。
3歳馬シュネルマイスターは、スローペースを馬群の内で脚をため、最後の直線で弾けて2着に食い込んだ。横山武史騎手の好騎乗もあるが、馬自身も最後まで伸びようとする気持ちの強さが素晴らしい。折り合いがつく賢さと2000mをこなすスタミナも十分にあり、しかもラストの脚が力強く、3拍子揃った馬である。馬体的には未完成な部分も多々見られ、これから成長する余地を残していて、奥の深さがある。古馬になった来年は、マイルから2000mの距離の大きな舞台で活躍してくれるだろう。
同じく3歳馬のダノンザキッドも最後まで脚を伸ばした。ひと叩きされて状態は上がっていたし、広々としたコースを走るマイル戦がこの馬には合っているのだろう。インディチャンプも上手に乗られているが、もうワンパンチ足りなかったのは、ピークを過ぎたというか、年齢的な衰えがあるのかもしれない。サリオスは先行できてポジションは悪くなかったが、さすがに32秒台の切れ味勝負になると分が悪い。
「ROUNDERS」は、「競馬は文化であり、スポーツである」をモットーに、世代を超えて読み継がれていくような、普遍的な内容やストーリーを扱った、読み物を中心とした新しい競馬雑誌です。