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スローモーションで見える

外からポンと出て、スムーズに先頭に立ったモズスーパーフレアにビアンフェが続き、内からピクシーナイト、中からレシステンシアが追いかける展開となった。前半600mが33秒3、後半600mが33秒8という、スプリントG1としては平均ペース。この緩やかな流れであれば、前に行った馬はなかなか止まらない。もう少しレースが流れれば、外を回って後ろから行った馬たちにもチャンスが生まれたはず。

勝ったピクシーナイトはスタートが決まり、持ったままで有力馬を射程圏に入れるポジションを手に入れた。直線に向いても手応え抜群。あとは馬群を割って抜けるだけという完勝。正直に言うと、ここまで強いとは思っていなかった。3歳馬で斤量に恵まれたとしても、それを上回るスピードとパワーを見せてくれた。モーリス産駒はマッチョに出るタイプとスラっと出るタイプに分かれるが、ピクシーナイトは典型的な前者である。前者のタイプの方が走ると決まったわけではないが、これからのモーリス産駒の配合イメージに影響を与えるような勝利でもあった。

福永祐一騎手だけが楽をして勝ったようにさえ映る完璧な騎乗であった。楽をしてというのは言い方が悪いかもしれないが、馬を押すこともなく、引っ張ることもなく、馬の背に乗ったまま。唯一行ったのは、最後の直線でゴーサインを送ることだけ。他のジョッキーたちが四苦八苦する中で、福永騎手の巧さが際立っていた。なぜそのような楽ができたのかというと、スタートが決まったからである。ここぞという大一番で好スタートを決めて、有力馬たちをけん制した時点で勝負が決したのである。

福永騎手は藤岡佑介騎手との対談の中で、現代競馬におけるスタートの重要性についてこう語っている。

福永
「俺ね、ゲートが開く瞬間がスローモーションで見えるときがたまにあるの。ふつう、フライング気味のスタートのときは、だいたい人間の体が出遅れてしまうんだけど、スローモーションで見えるときは、それに合わせて自分の体も出していける」
佑介
「それはすごい。スタートは、一瞬にして静から動に移る行動だから、気持ちの面がすごく大きいと思うんです。その点、おそらく祐一さんは『自分が一番速い』という自信を持っているから、それだけ余裕があるのではないかと。要するに『出遅れたらどうしよう』みたいな不安が微塵もないというか」
福永
「確かに『一番の秘訣は?』と聞かれたら、祐介の言うとおり、出ると信じて疑っていないことかもしれないなと自分でも思う」
(中略)
佑介
「現代の競馬において、なによりもスタートが大事だと僕は思っているので、ホントに祐一さんの技術は盗みたい。好スタートを切れば、好きなポジションを選べますからね」
(「JOCKEY×JOCKEY」イースト・プレスより)

2着に入ったレシステンシアは、絶好の枠順からジワっと先行し、自分の型で競馬をすることはできた。もう少し早めに先頭に立ってそのまま押し切る形が理想的であったが、このレベルのスプリント戦になると、周りの馬たちもスピードがあり、勝負どころで押していかざるを得ない。それでも急坂を駆け上がって、最後まで止まらず伸びているが、今回は勝ち馬のパワーとスピードが一枚上であった。

シヴァージは鞍上の吉田隼人騎手が積極的にポジションを取りに行き、最後もキッチリと伸ばして3着に突っ込んだ。勝ち馬を前に置いたことで、経済コースを走りながらも、進路も確保されていて実にスムーズな競馬であった。これ以上ない走りであり、敗れはしたものの、この馬の力は出し切っている。吉田隼人はジョッキーとしての技術の高さはもちろんのこと、思い切りの良さと判断力の素晴らしさが加わって円熟してきた。

メイケイエールは序盤は抑える形で入り、中盤から少しずつ行く気を解き放たれながら、徐々に先行集団へと近づいて行った。スタートから行かせ切ってしまうと、ゴール前で大失速するだろうから、メイケイエールの行く気をできる限り削がないように乗るとすれば、この距離でこの乗り方がベストであろう。それでも、前半で小細工をしなければならない分、このメンバーでは勝ち負けに加わることができない。メイケイエールの個性を生かすとすれば、新潟の直線競馬アイビスサマーダッシュが最も適しているのではないか。

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