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「藤澤和雄の調教論」

藤澤和雄調教師は、それまで10年間守り続けてきたリーディングトレーナーの座を失ったことがある。日本競馬のパイオニア的存在であることは事実であり、その調教技術においてはまず右に出る者はいないだろう。それだけの調教師でも、歯車が噛み合わないと勝つことができない競馬の難しさを再認識させられた。

今から25年前に発行されたこの本であるが、今読んでも学ぶところは多い。まず驚かされるのは、藤澤和雄調教師のスタンスが少しも変わることなく貫かれてきたことだ。変化がないということは、進歩がないということではなく、その調教論の中心となる「馬本位(全ては馬のために)」の思想に一貫性があるということである。馬のためにならないことであれば誰がなんと言おうと絶対にやらないが、しかし馬のためになることであれば苦労は厭わないという強い信念を持って走ってきた30年であることがよく分かる。

私が一番興味深く読んだのは、藤澤和雄調教師が故・戸山為夫調教師のハードトレーニングについて語っている箇所である。ご存知のとおり、藤澤和雄調教師が併せ馬の馬なりを中心とした調教法を採るのに対し、故・戸山為夫調教師はいわゆるスパルタ式で馬を徹底的に鍛え上げるという、一見対極に位置する二人である。

馬を壊すことを恥だと考えている藤澤調教師が、馬を壊しながらも、しかしそれに耐え抜いた馬たちには能力を発揮させることで成功した故・戸山調教師について、意外にもこう語る。

「おそらく強くすれば壊れることを最もよく知っていたのは戸山調教師だと思うし、だから限度も知っていたはずですよ。そしてもちろん、ハードトレーニングのあとのケアの仕方も人一倍知っていたんだと思いますよ。」

逆説的ではあるが、スパルタ調教を課すからこそ、どこまで強くすれば馬が壊れてしまうか、そしてハードトレーニングの後のケアについても戸山調教師は誰よりも学んでいて、さらに実感として知っているというのだ。だからこそ、血統的には二流三流でしかなかった馬たちの中から、ダービー馬2頭(タニノハローモア、ミホノブルボン)を誕生させ得たのである。

「どのくらいやるべきかを知っている」ということは、
「これ以上やってはいけない限界も当然知っている」

馬なり調教の藤澤調教師と、スパルタ調教の戸山調教師が、この点において相通じていたのだ。藤澤流“馬なり”調教とは、一見“馬なり”ではあるが、馬にとっては決して生温い調教というわけではない。併せ馬をしながら、各馬の闘争心をかき立てることにより自ら走らせているのである。厳しくやっておかなければ競馬(実戦)に行って馬を苦しませてしまうことになることは、藤澤和雄調教師は百も承知なのである。やりすぎてもいけないし、逆に中途半端な仕上げでレースに臨ませてもいけないという物差しにおいて、一見対極に位置する二人は、実は同じ目盛りを持って調教していたに違いない。

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