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最後は心臓で走る
横山典弘騎手は私が初めて好きになったジョッキーである。競馬を始めた頃、ナムラコクオーやヒシアマゾンなど好きな馬は何頭かいたが、好きなジョッキーはいなかった。好きになる理由がなかったのだろう。実際に走っている馬には感情移入できても、その背に跨っているジョッキーにまで意識が向かなかった。競馬は馬が主役なのだから、当然といえば当然のことだ。
きっかけは突然に訪れた。1995年の札幌記念、横山典弘騎手は1番人気のトロットサンダーに騎乗した。勝てるものだと思い、私はトロットサンダーの馬券を買っていたが、横山典弘は小回りコースを意識してか、早目に動き出したものの、直線では伸び切れずに7着と惨敗した。「ジョッキーは何やってるんだ、下手くそだなあ」とド素人の私は小声でつぶやいた。
レース後、横山典弘騎手のコメントが私に衝撃を与えた。正確には覚えていないが、「俺が下手に乗ったせいで負けてしまった…」という旨の発言をしたのだ。今となっては私のこの衝撃は伝わりにくいだろうが、当時、自分のミスで負けたなどとコメントするジョッキーなど皆無に等しかったのだ。そんなことをすれば、馬券を買ったファンからどれだけ野次られるか分からないし、調教師からの騎乗依頼が減ってしまう恐れもある。そんな時代の中、正直に己の非を語った横山典弘騎手に、私は男としての潔さと職人としての強い矜持を感じ取り、このジョッキーを応援したいと素直に思ったのだ。
2009年、横山典弘騎手が初めてダービーを勝てた理由は2つあると思う。
ひとつは騎乗観の変化である。騎乗に対する考え方が変わってきたということだ。もう少し具体的に述べると、ポジションについての意識が変化してきた。今年に入ってからの(特に重賞などの)大レースにおける騎乗を観ると、それが良く分かる。馬のリズムを大切にしながらも、勝つためのポジションを積極的に取りに行っている。腕っぷしが強く、追えるジョッキーと評され、芝の追い込み馬が好きだと語っていた横山典弘騎手が、ロジユニヴァースで内を突いて勝った事実が全てを物語っている。
もうひとつは心である。「変な言い方かもしれないけど、勝っちゃダメだったんだ。怖さも知らずに。こんな重みは感じなかったかもしれないし、あのころなんてはっきり言って感謝の気持ちなんてなかったから。ここまで勝てなかったのが、自分なりに分かった気がする」、とダービージョッキー横山典弘騎手は語る。
ここでいう心とは感謝の気持ちということではない。そんな単純なものではなく、横山典弘騎手はメジロライアンで勝てると思って2着に敗れたダービーから、長い歳月をかけて心を鍛えたのだ。極限の状況で最高のパフォーマンスが出来る強い心を。19年前の横山典弘はロジユニヴァースを同じようにゴールまで導けただろうか、いや。
頭で考えることなんてたかが知れている。
最後は心臓で走るのだ。
馬もジョッキーも、そして私たちも。
Photo by Photostud
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