おやじパンクス、恋をする。#137
店に戻れたのは、十時過ぎだった。
帰りの電車で何を考えていたか、ほとんど思い出せない。乗客がそれなりにいたってことは覚えてるが、それだけだ。
行きにはまだかろうじて見えた窓の外の風景も、住人がもう床についたってことなのか、真っ暗になっていて確認できなかった。
そういやレモンを切らしてたなと思い出して、近所のコンビニに寄って二個買った。店員は中国人の女で、俺の風貌を見ても何一つ特別な反応を見せなかった。隣のレジにいた、こっちはインドネシアとかベトナムとかそんな感じの店員は、物珍しそうに俺のトサカを眺めていた。
店の前に着いたが、なんだろうな、すぐに入る気になれなくて、金属製の扉に背中を預けて地べたに腰を下ろし、タバコに火をつけた。
隣の居酒屋はもう店じまいして、消灯している上に頑丈そうなシャッターを下ろしている。ここで真面目そうな老夫婦を見たことをふと思い出した。
あのとき、彼女は心から笑っているように見えた。
レモンの入ったコンビニ袋を地べたに置いて、iPhoneを取り出すと、こないだ彼女が酔っ払ってここに来た時――雄大の話をした時――の帰り際に聞いた、彼女の電話番号を表示させた。
何を照れてんだか、登録名を倫子って打てなくて、倫ちゃんってのもなんか嫌で、かといって他に名前があるわけでもなくて、結局ひらがなで「りんこ」と登録した。それが一番恥ずかしい感じじゃねえかってツッコミは置いておいて。
りんこ、という登録名の下にある11桁の番号。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。