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【福島地区】どこにでもある“裏山”に価値があった

 日本のどこにでもある“裏山”。皆さんが住んでいる地域や、地元にもあるかもしれない。でも、「入ったことがない」「行く機会がない」という人の方が多いのではないだろうか。

 福島県の太平洋側に面した浜通りの南に位置するいわき市は、県内最大の人口と面積を持ち、海と山に囲まれた自然豊かな場所だ。今回は、そんないわき市の中心市街地から、南西10km程に位置する湯ノ岳山荘を拠点に活動する、NPO法人いわきの森に親しむ会を訪れた(以下「いわきの森」という)。この地にも、“裏山”がある。でも、ただの裏山ではない。小さな子どもから、お年寄りまで、幅広い世代の人々が集う場所になっている。

施設内の広場


 湯ノ岳山荘は標高190~220mの山林の中にある。レンガ色の建物が印象的だ。案内してくださったのは、いわきの森の理事長の木田さん、副理事長の松崎さん、そして会員の馬場口さんだ。 

湯ノ岳山荘の外観
左より松崎さん、木田さん、馬場口さん

〇会員の手で作り上げてきた空間

 敷地内には、手作りの石窯やツリーハウス、木工の道具が数多く揃った工房等、大人も子どもも楽しめるようなものが点在している。張り巡らされた小径も、会員の手で整備されており、歩いていると、針葉樹から広葉樹まで様々な樹木があり、目を楽しませてくれる。水車があったり、会員手作りの愛嬌のあるオブジェがあったり、「次は何があるんだろう?」とワクワクさせてくれる。また、視線を足元に落としてみると貴重な植物もあるという。知らない人が間違って踏まないように、ちゃんと印がつけてある。

ピザ窯
工房には様々な道具が揃っている
施設内を案内してもらう
水車
手作りの個性的なオブジェ


 さらに進んでいくと、陽の当たる斜面にクヌギの苗が並んでいた。ちょうど数日前に植樹祭があり、専門家の指導のもと、会員や地元のボーイスカウトや一般の方々が皆で協力して植えたのだという。7~8年後には活用できるほどに生長するそうだ。

植樹祭の様子
植樹祭の様子


 さらに登っていくと、回廊が見えた。大人でもついつい通りたくなってしまう。また、ふと振り返ってみると太平洋が見えた。時間帯によっては、水面が日光でキラキラと光っているのが見えるのだという。至る所で、子どもにとっての、大人にとっての、それぞれの“楽しみ”が形になっている。「これは今年できたんですよ」「この場所は今後、こういう風に使っていきたいんです」と、様々な場所で語られていた。この森は、常に発展しているようだ。

去年完成した回廊
手前には温泉郷、遠くには太平洋が見える


〇誰かの楽しみが重なり生まれる魅力

 案内をしてもらっていると、工房で何かを作っている方々を見かけた。少し覗いてみると、それは鳥の巣箱で、今から設置しに行くのだという。なんだかその姿がとても楽しそうで、ワクワク感が伝わってきた。

完成間近の鳥の巣箱

 木田さん達に聞いてみると、いわきの森には現在約140名の会員がおり、プログラム班、木工班、農業班、森林整備班と4つの班に分かれて活動しているそうだ。中には、2つの班を掛け持つ方もいる。鳥の巣箱は、今後子どもたちの自然体験活動にも活かせそうだと、プログラム班の方々は考えているそうだ。自分たちの楽しみを形にしていくことで、この森が他の人にとっても魅力的な場所になっていく。一つ一つは小さなコンテンツでも、積み重なればとても大きなものになる。

巣箱設置の様子


〇廃止寸前だった場所が新たな価値を創造するまで

 今でこそ、様々な人が楽しみを見出す場所になっているが、実は約20年前、湯ノ岳山荘は利用客が少なく、施設の廃止が検討されていた。現理事長である木田さんは、当時いわき市役所に勤務されており、この施設を廃止するときっと後悔すると思い、上層部に掛け合い、利用者を増やすことを条件に存続させることができた。木田さんにとって、そのことは前職で達成できた感慨深い仕事の一つだったようだ。

理事長の木田さん


 そもそも、いわきの森の発足のきっかけは、2001年に開催された「うつくしま未来博」だった。日本で初めて森の中で開催する博覧会として、自然環境の根幹をなす「森」と共生するさまざまな知恵や、新たなライフスタイルの創造を芽生えさせることを目的とし、様々なパビリオンが用意された。その中の一つに「ネイチャーツアー&森の学校」というパビリオンがあり、そこにボランティアとして参加した有志市民の方々が中心となり、いわきの森が設立された。副理事長の松崎さんは当時のことをこう振り返る。

「自然観察会って、めずらしい植物があるとか、何か特別なものを見るものだと思っていたんですよ。でもネイチャーツアーに参加してみると、実際はそうではなく、どこにでもある裏山で色んなことができるというのがわかった。それで、いわき版を作りたいと思ったんです。」

副理事長の松崎さん

 30名程集まったメンバーは、最初から知識やスキルがあったわけではなかった。ちょうど縁あって、いわき市の21世紀の森公園のエリアの一部を使えることになり、まずは散策路の整備から始めた。

「のこぎりで木を切ることも初めてだった。10人くらいでやったんだけど、道が貫通した時は皆で万歳をしたね。すると、だんだん、どんな木があるか知りたくなって。それから詳しい人に教えてもらったんです。」


〇活動は学校支援へと発展

 また、会員の馬場口さんはうつくしま未来博の別のブースでボランティアとして参加していた。当時、小学校の教諭をされていた馬場口さんは、森の学校の見学をして面白そうだと思い、総合的な学習の授業に学校林を活かせないかと考えた。

「いわきの森のことは地元の新聞で知って、連絡をとってみたんです。そこから、学校林のコース整備をすることになりました。広場の整備やツリーハウスづくり等、子どもたちの提案をいわきの森の人たちが組み入れて形にしてくれたんです。それを2年かけてやりました。」

会員の馬場口さん


 実践を積み重ねながら、スキルは高まっていった。いわきの森の方々にとって、子どもたちと接することは、孫と遊ぶ感覚だったという。今では年30回位、小学校の生活科や総合学習の支援をしている。例えば、森の土壌に着目し、少しずつ土を掘っていき、その変化を見て匂いを嗅いでみたり、冬芽をナイフで切り、その断面を観察する実験も行っている。

「安全管理だけは気をつけて、後は“教える”ということはあまりしてないです。どちらかというと五感を使って遊んでいます。花の名前を教えても忘れちゃいますからね。」


〇持続可能な運営体制を目指し、新たなステージへ

 学校支援の他にも、毎月第3日曜日には「ろうきん森の学校自然体験活動」を実施しており、自然観察、里山で採れる山菜やきのこを活かした昼食づくり、木工クラフト教室等を行っている。湯ノ岳山荘は一般の方も宿泊するので、宿泊の受け入れの対応をしつつ、これらの体験活動を提供している。

親子でクリスマスリース作りの様子
里山の素材を使ったクリスマスリース


 これだけのことをボランティアで行えたのも、「ろうきん森の学校」の支援があったからだが、今後は、安定した運営と専従職員の確保を目指し、対外的にわかりやすく「自然学校」と銘打ち、自然体験活動の収益事業化へと舵を切ろうとしている。

「会員は、ここでリタイヤ後の生きがいや仲間を見つけて楽しくやっているんですけど、ボランティアや無償では続けられないので、自然学校を開校して有償プログラムも提供しようと思っています。その方が、会員も責任感が増し、プログラムの質が高まるし、スタッフの育成にもつながると思っています。」


 福島県内には自然学校がいくつかあるものの、浜通りにはない。ここに自然学校ができれば、いわき湯本温泉郷やフラガールで有名なリゾート施設、恐竜の化石など、もともといわき市にある魅力も掛け合わせてプログラムをつくることもできそうだと、馬場口さんは語る。

「フィールドに何もないからいいというのも、魅力になると思っています。発見する楽しさがありますよね。」

 日本全国、“何もない”と思われがちな山はいくらでもある。でも、そこから楽しみを見つける面白さや価値は、いわきの森の方々が語ると説得力がある。もしかしたら、廃止されていたかもしれないこの場所は、いわきの人々にとって、生きがい、仲間との出会い、学び等多くの価値を生み出している。来年訪れたら、新しいツリーハウスができているかもしれない。散策路が伸びているかもしれない。きっと、完成形などなく、常に変化して、その度に魅力が増していくのだろう。そうやって20年間活動を続けてきた今、“どこにでもある裏山”は、宝の山になっていた。

【投稿者】ろうきん森の学校全国事務局(NPO法人ホールアース研究所)小野亜季子​


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