あるブリュッセルのレース商の物語 その5
私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。
前回までのあらすじ
レース商人ゴドフロワ夫人の息子ジャン=バティスト2世は結婚を機にロンドンからパリへ移住し、【 御用商人 】としてヴェルサイユ宮廷に迎え入れられたことを妹に手紙で報告するのでした。
ゴドフロワ2世
ー 不法行為の企み
1764年に宮廷の【 御用商人 】となったジャン=バティスト2世は、同じ年にルイ15世からクリスマスの贈り物として15,000リーヴルの俸給で逓信総監の職を授けられたあるマリイ氏という人物と繋がりを持ちました。
マリイ氏は陸軍省にも所属していたので、その部署にジャン=バティスト2世を採用しようと考えていたのでした。
ジャン=バティスト2世はマリイ氏の所管する逓信省にも仕事を求めました。彼は週に2、3日でも【 外国郵便局 】に配属してもらえれば、郵便料金を払わずに商品の受け取りができてもっと自由の取引ができるだろう。と密輸を仄めかす手紙を妹宛てに書くのでした。
18世紀にあってこのような不法行為や不正は日常茶飯事で、【 御用商人 】のような最も信用のある企業が恥ずかしげもなく率先してこの行為を行っていたのです。
当時の財務局の公文書に記録されている議事録には不法行為に関する記述が非常に多いことからも、商人たちは当然の特権のように不正を働いていたのでした。
すでに1754年6月22日には、ジャン=バティスト2世はこのような関税を掻い潜って密輸行為を起こったことでパ・ド・カレのマナン市内で逮捕されていたのです。
検察官に押収された彼の旅行鞄からは汚れた亜麻布で包まれた箱が発見されて、その中にはたくさんのレースが隠されていたのです。
ジャン=バティスト2世は密輸をするには荷物が大き過ぎるし、偽装が不十分だと妹を咎めるのでした。
ー 家族への愛
息子はこのように抜け目なく商売を成功させようと行動する一方で、常に家族に助言したり健康を心配していたことが彼の手紙からわかっています。そして旅行から帰るとすぐに旅程を細かく伝えて安心させるなど、気配り上手なところが魅力的な人物でした。
ゴドフロワ夫人に対してはとくに敬愛の念を忘れず、《ガルス》と《カンファラータ》といった母親の手料理や迷信じみた民間薬のレシピを懐かしく羨ましく思っているのです。
ジャン=バティスト2世は1769年9月17日の妹あての手紙にメモを同封しました。妹にそのメモをゴドフロワ夫人に見せないよう促して、この活動的な母親の健康状態についての彼のあらゆる心配事を明らかにしたのです。
1769年の秋、ゴドフロワ夫人の命を奪う重大な危機が訪れたのでした。9月には大病が待ち受けていたのでしょう、ゴドフロワ夫人は10月に入ると毎日医師のアバーテ氏の訪問を受けることになりました。1日1ソルで世話をしてくれた黒衣(ナザレ会)の修道女ルイーズが看護にあたりましたがゴドフロワ夫人は帰らぬ人となったのです。22日に行われた葬儀は、夫を亡くし実家に戻っていた妹が取り仕切りました。
妹はゴドフロワ夫人の冥福を祈って跣足カルメル会修道院で感傷的だった葬儀ミサを行いました。そして日記にサン・フェリシアンの修道士アンベールの署名入りの領収書を保管しつつ、修道女ルイーズに看護の謝礼として2フローリン16ソルを贈るのでした。
葬儀にあたっては、慣習に従って用意した喪服1着、スカート2着、上着2着、女中用1着に支払った合計11フローリン6リヤールを支出を日記に書き留めました。
ジャン=バティスト2世は、製図家に正確な指示を出すためにこの年の7月からブリュッセルへの旅を計画していたのでした。
ゴドフロワ夫人が亡くなる前にジャン=バティスト2世が母親に再会できたのかは分かりません。しかし、1769年11月27日にはブリュッセルの旅からパリへ戻って来たのでした。
深い悲しみに包まれていたにもかかわらず、彼はこの不幸にもめげず復活祭に服喪するだろう妹にあてパリでは喪服を半年以上も着る習慣はないと手紙で優しく諭したのでした。
翌1770年にはジャン=バティスト2世はブリュッセルに戻りました。
この年にかつてないほどの盛大さを誇って開催された奇跡の聖体の《祝祭》に出席したジャン=バティスト2世は、母の思い出が頭から離れることはなかったと手記に書き残しているのです。
そして、ブリュッセル滞在中は私のために寝不足にならないようにするので体調には気をつけなさいと妹へ助言するのでした。
ジャン=バティスト2世の人生哲学は微笑ましいもので、妹あてに今は季節的にレースを売るのは難しいと手紙に書いている他方で、気づかないうちに歳をとっていることが多いので残された時間をしっかり楽しむことだとも書いたのでした。
つづく