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燻製 その魅力と原理

2013年11月4日発行 ロウドウジンVol.7 所収

 あなたは燻製が好きですか? ベーコン、ビーフジャーキー、スモークサーモン、生ハム、スモークチキン、サラミ、キッパーヘリング……。意外に思われるかもしれませんが、東北地方の郷土食として有名ないぶりがっこや鰹節、鮭とばなども燻製の一種です。お酒のお供に良いですね。ちなみに、松崎しげる氏やみのもんた氏は燻製ではありません。

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 燻製とは、煙を食材に当てる加工法です。きわめてシンプルです。もちろん、実際の調理工程としては、もう少し複雑な要素も含まれますが、大筋ではその通りです。元々は痛みやすい食材を長期間保存可能にするために、煙でいぶすことで食材内部の水分量(水分活性)を減少させるものでした。しかし、保存技術の発達した現代においては、むしろ燻製によって得られる独特の風味付けと普段と異なる食感が魅力になっています。

HOW TO 燻製

 燻製は肉や魚のみならず、どんな食材にも適用可能な調理方法です。卵だろうが、チーズだろうが、カルビーかっぱえびせんだろうが、思いついたら即燻製可能です。燻製、やめられない、とまらない。……具体的な手順を紹介しましょう。すでに燻製マイスターな読者は、読み飛ばしてしまってもかまいません。

燻製の製造手順

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燻製のエッセンス

 燻製の料理としての特徴は、次の二点になります。

 ①熟成された旨み(水分量の減少)
 ②燻製特有の芳香(香りづけ)

 特に重要なのは、やはり煙です。煙は香りづけだけではありません。煙には、殺菌効果や防腐効果のある様々な成分が含まれているのです。特に煙中のホルムアルデヒドは殺菌力が強く、三時間ほどの燻煙で一般的な細菌であれば全滅します。いわゆるシックハウス症候群の原因物質のひとつですね。またフェノール系のピロガロールは防腐作用が強く、燻製の風味を保つのに役立っています。ペロペロガール、ではありません。シッカロール、でもありません。

 煙はどのようにしてできるのでしょうか? 煙とはエアロゾルの一種で、物質(特に炭水化物)の不完全燃焼の結果発生する微粒子を含んだ空気、として定義されています。燻製においては、スモークチップと呼ばれる香りの良い木材を意図的に不完全燃焼させることで煙を発生させます。スモークチップの材料としては、樹齢を経た広葉樹が適切だといわれています。でも勝手に桜の木を切ってしまうと、大統領に怒られるので注意が必要です。

 スモークチップに熱を与えると、摂氏三〇〇~三五〇度ほどで熱分解を起こします。レイ・ブラッドベリによるディストピアSFに『華氏451度』がありますが、これは紙の発火温度になります。華氏四五一度=摂氏二三三度ですので、それよりも高温だということになります。ちなみにマイケル・ムーア監督の『華氏911』はただの駄洒落です。パロっただけです。パロ、パロッ。

 不完全燃焼というのは、完全燃焼ではない、ということです。燃焼には三つの要素があります。可燃性物質、酸素、温度(熱源)。そのうち酸素が十分にない状態、たとえばカラオケボックスや漫画喫茶のような通気性の悪い場所で燃焼が発生した場合、あたりの酸素が使われてしまうと、十分な酸素が供給されなくなります。すると、いわゆる「くすぶる」状態になり、ゆっくりと煙が立ち上ります。これが不完全燃焼です。ぷすぷすくすぶっている上司、先輩、同僚……あなたのまわりにもいるのではないでしょうか? それらをみるたびに、嗚呼これが不完全燃焼なのだな、と思い出すようにしてください。煙が目にしみるのも、いたしかたないことです。

さまざまな煙

 火のないところに煙は立たぬ、ということわざがあります。煙の源、燻製の場合「スモークチップ」と呼ばれる物質は多岐にわたっています。

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 誰それを煙たがる、という慣用句もあります。煙とは元来、煙たいものなのです。しかし、そのような煙を喜んで食材に吹き付けるのですから、燻製とはなかなか変わった加工法です。もともと燻製は食材の保存性を高めるための技術でした。いわば毒物で食材をコーティングすることで、他の細菌類を撲滅させる、といったスタンスです。毒を食らわば皿まで。骨を切って肉を断つ。……なんだか、ことわざ講座みたいになってきましたね。

 閑話休題。煙は以下の方程式で成立しています。

   煙=チップ+熱源

 つまり、煙をみかけたら、そこには必ずチップと熱源が存在することになります。逆にチップをみかけたら、そこに熱源を与えれば煙が発生します。煙を効率よく発生させ、食材にあてるための装置が燻製器です。世の中には、気がついていないだけで、さまざまな燻製器が潜んでいます。煙をみかけたら、そこには燻製器が幻視できるでしょう。火のないところに煙は立たぬ。煙のないところに燻製はできぬ。……煙があるということは、そこには燻製がすでに存在しているということなのです。


燻製コラム バックドラフト

『料理の鉄人』のテーマ曲として有名なバックドラフトですが、元ネタは同名の消防士映画。その中で描かれる「バックドラフト現象」とは、不完全燃焼が発生している際に扉が開かれる等していきなり新鮮な酸素が流れ込んだ場合に発生する大爆発のこと。燻製器を自作する場合は、あまり密閉性を高すぎないようにしよう。そうでないと、バックドラフトが起こる可能性が高い。たまに燻製を作りながらマッドサイエンティストみたいな髪型になっているひとがいるが、それはバックドラフトか、趣味のアフロのどちらかだろう。
ワークショップ:身の回りの燻製を探してみよう!

 まずは煙を探してみましょう。会社を見回すと、いたるところに炎上案件が転がっていませんか? 炎上案件……さまざまな理由でさまざまな問題が発生し、にっちもさっちもいかなくなって赤字を垂れ流す案件のことですね。その字面からも明らかなように、炎上案件からは煙がもくもくと立ち上っています。この煙は不可視な煙です。想像上の煙です。だけど、目にしみます。涙があふれて、止まりません。「煙草をふかす」という表現がありますね。不可視=ふかし、というわけです。

 炎上案件の煙を利用した燻製はあるでしょうか? プロジェクトルームから出てくる青白い顔の中堅社員の背後に回り込み、耳たぶの裏にそっと顔を近づけてみましょう。ほのかな香ばしさ(燻香)が感じられるのではないでしょうか? その肌艶を観察してみましょう。水分量が減少しているのがわかるでしょう。どす黒い肌には、独特の照りが観察できます。そうです。その中堅社員こそが、まさに炎上案件によって燻製にされた人間なのです。

……えっ、悲しみを覚える? それは一面的な見方にすぎません。喉元すぎれば熱さも忘れる。炎上が消火されたあかつきには、これもまた良い思い出のひとつとして、ネタとして昇華されていくでしょう。そして、彼は今宵も飲み会で武勇伝として語るのです。そう、炎上案件に燻製にされた人々は、みずからを酒の肴として提供することになるのです。まさに燻製。

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