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避難場所⁈

冒頭のお写真はカンボジア滞在中に毎日通ったカフェです。
(斜めってますが、撮影に失敗です。ご安心ください。実際は、傾いておりません)

初めてこのお店に入った時、初めてではないような感じがして感覚が一瞬にして「昭和」になりました。子供頃に遊びに行った祖父母の家の感覚です。店内にはクーラーはなく、壁にレトロな扇風機がありました。
地元の方がやっていて、英語も日本語も通じません。Wi-Fiもなくgoogle翻訳も使えません。現地の言語クメール語が話せない私は、お店に日本人がいないと困ることがありました。しかしお店のお母さんはいつも満面の笑みで迎えてくれて、言葉が通じなくても歓迎されているのがわかりました。行くと必ずサービスをしてくれました。スイカやマンゴーをもらいました。食べきれないほどです‥
私は毎日、しかも1日に2回行くこともありました。シェイクを買いしばらく店内でのんびりしました。

自分を知る人がいなくて人目を気にせずのんびりできる

日本では味わえない贅沢な時間でした‥


別のお店の店先です



カンボジアから帰ってきて1ヶ月以上経ちました。
毎日忙しく、また例の如く訳のわからないバッシングとクレームの嵐で、カンボジアに行ったのが、ずいぶん前のことのように感じます。カンボジアでデトックスした精神もすでに真っ黒になりました…

前回もそうでしたが、日本が嫌になると行きます。
しかし、日本を離れると
「日本って、食べ物は美味しいし、クーラーや冷蔵庫は当たり前にあって、良い国だなぁ」と、しみじみ感じます。が、日本の閉塞感には耐えられなくなります。

職場の人はお仕事をする関係の人で、
お友達でも仲良しグループでもありません
年配の方やタイパが悪い人に限って、
「協調性」や「同調社会」を押し付けてきます。
そこから何が産まれるんでしょう?
疑問でなりません‥

日本に帰ってきて、いつもの生活に戻りました。
正直、全て投げ出して逃げたくなります。
そんな時、逃げる場所があると思うと、ほっとします。
noteも同様です。
自分にとっての居場所であり、逃げ場であり、noteがあって良かったと思います。

なんだか、よくわからない内容の投稿になりましたが、皆さんに感謝を込めて‥

カフェ周辺の道路です




お気持ちだけで充分です。大切なお金は、ご自身でお使いください。