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夫婦を越えてゆけ

結婚式の朝

ルームサービスのベルより先に目が覚めた5時50分。軽井沢には霧が立ち込めていた。
6時ちょうどになると、さっそうとルームサービスが運び込まれる。妻はその中からぶどう2粒だけを頬張って家族の誰よりも早くホテルを後にした。

対照的に入り時間に余裕のある私。
のんびりルームウェア姿で腰に手を当て、「ボクらの時代(ゆりやんレトリィバァ×野田クリスタル×粗品)」を見ながら歯を磨く自分をふと鏡で見たとき、とても数時間後の新郎の姿には見えなかった。



ブライズルーム

タキシードに着替えるシーンからその日の撮影は始まっている。
イメージシーンの撮影。「自然な感じで襟とか袖を直してください」と言われ照れながらもその通りにする。
自分でもわかるほどぎこちなく、被写体になることの難しさを痛感する。1日に何パターンも撮影するアイドルは本当にすごい。



八角形の教会にて

ファーストミートや事前撮影を終え、いよいよ挙式のリハーサル。
演奏者・歌唱隊と怪しすぎる牧師さんが登場。名前はベン・ロバーツ。山田太郎みたいな明らかな偽名っぽい名前は一生忘れないだろう。父から聞いた話だと、ベンは4歳から長野に住んでるらしい。カタコトな日本語があまりにも上手なので長野のアグネス・チャンと覚えておこう。


挙式では一般的に、新婦は母のベールダウンを受けて父とヴァージンロードを歩く。新郎側の両親には特に儀式はない。

しかし、今回は家族のみの挙式のため自分の両親は少し寂しかったりするのかなと心の片隅で少しだけ心配していた。

そんな折、準備期間に妻から、「新郎は母にジャケットを着せてもらい父からグローブを手渡しされて入場するのはどうかな?」と提案された。まさかの提案に驚きと感動が入り交じった感覚になった。

いわゆる「花嫁が主役」の式ではなく、「二人の式にしたい」と常々言っていた妻の具体的なプラン。自分に足りない感覚やアイデアをパートナーである妻が持っていることへの信頼感は計り知れない。

私は少し照れながらも二つ返事をした。


挙式本番、両親に見送られて先を歩く私の気持ち、息子を見送る両親の気持ち、いろいろな感情が八角形の教会に湧き上がってきた。それは新婦側も同様で、扉が開いた瞬間から家族が泣きすする音が聞こえてきた。

エンドムービーに記されていた、私にジャケットを着せ、背中を見送る母の顔は忘れもしない。嬉しいような寂しいような、初めて見る表情をしていた。


指輪交換・誓いのキス・結婚証明書の署名を終え、最後に互いの両親と感謝の握手を交わす演出があった。
改めて両親と握手する機会など無かったのである意味で貴重な経験だった。
私を育ててくれたその手を握ること、妻と手を交わすご両親の表情を見守ること。
改めて結婚の重みと責任を噛みしめる。

退場するとき、頭の中では星野源の「恋」が流れていた。

夫婦を超えてゆけ
二人を超えてゆけ
一人を超えてゆけ

恋や愛の先に夫婦があるのではなく、ひとつのかたち・手段として夫婦があるのだと解釈している。
"自分は自分、他人は他人"という物理的な分離を超越した関係になることが、"夫婦を超えてゆけ"に繋がると信じて。

両家の祝福を背に受けて、右腕に責任の重みを感じながら教会を後にする。
最後に感謝の一礼をして教会の扉が閉まるのを待った。