デザインの投資効果についての整理(2022年12月)
先日Twitterでデザイン経営に関してつぶやいたところ、baigieの枌谷さんがリツイートで以下の考えをシェアしてくださった。
「デザインを経営に浸透させていくためには、デザインのROIに向き合っていく必要がある」と。
現在私は社会人大学院生として、大学院でビジネスデザインを学んでいるが、そこで学んでいるのは手法としてのデザインアプローチやマインドセットである。卒業後に企業に戻り、この手法やデザイン一般の価値を理解してもらい、実際に導入していく上でもこの議論は避けられないと感じ、一旦ここで自分なりに言語化してみたいと思いこのnoteを書いてみることにした。
デザインの投資効果はまだ示せていないのか?
「デザイン経営は、そのリターンに見合うのか?」という問に対して、2018年に経済産業省から発表された「デザイン経営宣言」の中では、以下の通り海外の調査結果を用いながら「YES」と回答している。これによれば、デザインへの投資は企業価値(株価)の向上に寄与していると言って問題ないだろう。
また、国内においても、2020年に日本デザイン振興会より発表された「企業経営へのデザイン活用度調査」の中で、デザイン経営に積極的なほど売上が成長しているという結果が示されている。
ここまで見てきた通り、デザインの投資効果は総論としてはあると見て良さそうである。しかし、ここまでに上げた調査における「デザインの投資」の中身を見てみると、明確な投資額が図りづらそうなものが並んでいる。
したがって、ある基準において抽出された「デザイン経営に取り組む企業群」の企業価値や売上が、ある一定期間に上昇したという結果は示せているものの、個別のデザイン施策のROIを示すには至っていない。
また、枌谷さんがTweetの中で「現実的には成果は総合的な取り組みで獲得するもの」と述べている通り、調査の中で成果を上げている企業の成果が、本当にデザインの投資による成果なのか、それとも別の要因により成果が上がり、たまたまそういう企業はデザインにも投資する余力があったという可能性を否定することはできない。
さらに、デザインは短期的というより中長期的に効くものだと思っている。例えば、一定のシェアを持っている企業のサービスのUXが悪くなったとしても、短期的にはその知名度やブランド力のおかげでシェアを急激に落とすことはないだろうが、徐々に顧客の満足度が低下し、口コミも悪くなり、中長期的には大幅にシェアを落とすことになるだろう。よって、デザイン投資のリターンをどの時点で見ればよいのか、という部分も、議論が残るポイントだろう。
ここまでの内容を整理すると、現在の企業においては、総論では「デザインて何か経営にもメリットがありそうだよね」という認識がビジネスサイドにも徐々に広まってきているものの、各論になると「それって投資効果あるの?いつ効果が見えるの?」という壁にぶち当たり、中々前に進めないという状況に陥っているケースがあると考えられる。
個別のデザイン施策をどのように推進していけばよいか?
結論としては、枌谷さんもTweetで述べている通り、デザインを推進・提案する立場の人間は、個別のデザイン投資に対するリターンのロジックや構造を示すことが必要であると考えている。
以前、サービスデザインに関わる知人の1人が「あまり収益性に縛られずプロジェクトに取り組みたい」と言っていたことがあったが、仮にそれが組織に受け入れられたとしても、後から経営的な目線での評価がしづらくなり、継続的な取り組みに落とし込むことが難しくなるだろう。
特にサービスデザインの領域においては、小さな成功を積み上げていくことで、組織内で信頼を勝ち取っていくプロセスが必要であるとされることが多く、この「小さな成功」の基準(KPI)を最終的にROIにつながる構造の中に位置づけることがが、ビジネスにデザインを浸透させる上で必要なスタンスになると考える。
では、具体的にどのようにデザイン投資に対するリターンのロジックや構造を考えればよいのだろうか?
デザイナー向けに作成されたオンラインMBAコースを提供するd.MBAがその1つの解を示している。詳細は以下のリンク先で具体例と共にわかりやすく紹介されているため、興味がある方には是非参照していただきたい。
デザインを推進する側の努力だけでは不十分?
また、上記のデザインをROIに落とし込む前提として、デザインの推進・提案を受け入れる立場の人間の認識の統一が不可欠であると考える。枌谷さんは一連のTweetの中で「経営者や事業責任者も、デザイナーに成果そのものを求めているわけじゃない」と述べている。
しかし、一般の企業の中でこうした意思決定者が皆同じような認識を持てているだろうか?現実には、厳密なROIを求める人もいれば、逆に全くROIを求めない人もいるだろう。
ここが揃っていないとデザインの投資に対する事前・事後の期待値がバラバラになり、推進・提案する側も毎回何をどこまで示せばよいのかわからなくなり、その都度試行錯誤する必要が出てきて、本来のデザイン以外の部分にかける時間と労力が増してしまう。
したがって、デザイン経営を推進する土台として、各論のデザイン施策を進める以前に、もしくは各論を進めながら、各組織におけるデザインの評価体系と戦略の整備が求められる。
同じTweetに対してKOELのつかやんさんからもコメントを頂いた通り、デザイン経営が一過性のトレンドにならないようにするためにも、こちらの側面においても、ROIの向上につながるように評価体系を整備することで、ビジネス的な成果を上げるインセンティブを付与していく必要がある。
業界の最新動向
2022年8月に富士通デザインセンターは「デザイン効果の定量化宣言」を発表している。
ここまで述べてきたように、デザインの効果への定量的な納得感が不十分であることが、デザインへの投資や、ビジネスへのデザイン活用が進まない原因であることを課題とし、デザイン効果の定量化に向けた研究を開始している。
デザインの効果を以下の図に示される4つのポイントで測定し、デザインへの投資が企業価値にどのように寄与するか、デザイン効果のインパクトを明らかにすることを目指している。
今後社外に対しても取り組みの内容が発信される予定とのことなので、動向を楽しみに見守りたい。
おわりに
本記事は、デザインアプローチの訓練を積む一大学院生が、デザインに関する実務経験を伴わずに、これまでに読んだ本やネット上の情報をベースに書き上げたものです。
現場の方々から見れば解像度が低い部分、そこ違くない?という部分もあるかもしれませんが、その際は是非忌憚なき意見をいただければ幸いです。
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