言葉の積み木 (四)
31.
彼女は心を売って生きております
薄っぺらな一冊の本に生活を託しております
風の唸りのような声が駅のホールに拡がります
その目に感情はないけれど
その瞳は誰よりも輝いています
彼女は言います
“ビリでもいいから 頑張れ” と
32.
死ぬことのできない意志が
欲求を赤い靴に変え
私は鳥となって
“春だよ” とさえずって
春一番に 舞い踊る
33.
飛行機雲
ため息のように
それは すうっと
触覚をのばし
天に触れようとしている
白いゆるやかな曲線
大地の伸ばした触覚は
やがて太陽と交わり走り
その先端が、きらりと光る
誇らし気にまだ走る
風に勝れないことも知らずに
34.
鳥・よ・あなたの翼は水平線
地球を抱き
大地に笑みかけ
空気はあなたに話しかけます
ふう┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
35.
穂は藍色です。
月は銀色です。
雲は青銅色です。
風は見ません。
獅子は堕ちました。
┈┈┈┈夜明けです。
36.
その日
私は夏の匂いの中に
立っていた
空の中に走る
光の線は
何も言わずに
更に背伸びする┈┈┈┈┈┈
あの花の
目覚めはいつ?
何も答えず
背伸びする┈┈┈┈┈┈
その時
私は夏の匂いの中に
立っていた
37.
猫の瞳の奥が
もう一つの
小さな宇宙であることを
みつけた。
大脳の全てを
小脳の全てを
心と呼ばれるもの全てを
陥らせ
無限の中に至らしめ
彼らが
イデアであるなどと
今まで
誰が知ろうものか
38.
誰が云うたるか
戯へ はしゃぎしか
七色の薄絹よ
弧を描いて
空に舞う
誰が云うたるか
それを虹と┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
39.
秋になると
二人でつまんだ 桑の実
どうしただろう 今は
他の誰かのものだろうか
バックネットの落書き 広く見えた校庭
笑っていた昼の月
校内放送 花壇のチューリップ
木いちごの実 理科の先生
下校の音楽 花壇の白いベンチ
チャイムの音 技術室前のエニシダの木
雨の日のぬかるみ
テニスコートの赤い土 青いベンチ
杉の木 銀杏の木
水たまりの空と雲
ひからびたヒトデ 鉄棒
砂場 ジャージの生徒
カナヘビ 池の金魚 鯉
噴水 ありんこ
紫つゆ草 しもつけ草
クローバー つめ草
水仙 赤いバラ
給食の匂い 戸棚のトロフィー
水槽の金魚 用務員室の畳
砂ぼこり 渡り廊下
体育館の青い屋根
階段 銅像
職員室 会議室
水道 水飲み場
私の教室だった部屋……
もう、私達のものではなくなっている
40.
朝靄のその街で
私は一人でいたかった
ビルの狭間で
小さなオルゴールを一つ
鳴らしてみた┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その時、街はきらめく
宝石箱になった。
小さい時、想ったとおり
この街は 宝石箱になった。
大切なものは この中にある。
もう何もいらない┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
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