どっちつかずのせい②

青色

こんな夢を見た。
胎内ですでに性別が決まっている世界。男の子は男性になるように、女の子は女性になるように育てられ、子供たちは物心つけば、自ら性を自覚し寄っていく。予定調和。人として始まる前から分化が終わっているようなもの。僕が生きる世界もそうあるべきだったんだ。

春。満開を過ぎた桜は地面に絨毯を編み始めていた。
リンとリツが施設を出た。
「春の嵐に攫われたように、二人とも行ってしまったね。」
「分化は一夜で済むし、そうなったら此処の機能は無意味。まだここに残る人に影響を与えないようにすぐに出るのが規則にもあるし。」
機械的な内容を無機質に発するのがせいぜいだった。少し前のことを引きづっているのが、顕著でげんなりする。
「許可を貰えば、二人に会えると聞いたよ。双方の要望があればきっと叶うだろうね。クオンは会うかい?」
「会う。4人で話をしよう。」反射的にこぼしてしまった。
その言葉にカイネが瞠目した。会いたくない、とでも言うと思ったのだろう。考えたくないから逃げたのに、終には戻ってきてしまった。あまつさえ、光明を委ねている感覚がある。皮肉にも程があるじゃないか。
カイネは柔和に微笑み、うなづいてくれた。
今日の会話はそれきりだった。

桜がすべて散った。雨が続き、風が花弁をすべてを落としてしまった。
ソメイヨシノはすべてクローンだと知った。接ぎ木や挿し木で複製されている。すべて同じ。夢で世界観とは少し異なるが、これも性を考えなくてもいい世界を構築している。
水を過分に吸った幹と枝は、日の光に射され黒光りしていた。

部屋に戻るとカイネが机に突っ伏していた。食事に誘おうとしたが、気が変わった。仕方なく、一人で夕飯をとる。
先ほど感じた違和感を食べ物と同時に咀嚼してみる。噛めば噛むほど微細になっていく。元の形が分からなくなって、違和感の輪郭だけが取り残されて、それが反芻するだけとなった。ゆっくり食べたせいか、お腹がいっぱいで気持ち悪くなったので、そうそうに部屋に帰ることにした。
カイネは数十分前と同じ体勢だったので、ただ寝ているだけなのを深読みしただけだったのだろうとも思えてきた。

寝支度を手早く済ませて、ベッドに入り込む。
月光が注入された部屋は、消灯していても明るい。目が慣れれば、物が見える程度には。枕の上で首を捻ると、カイネの姿が目に入った。先ほどまで、椅子と机に接着されたごとく微動だにしなかったカイネが、立っている。頭から足までの半面だけが月明かりに照らされて、幽かに見えた。顔が輝いている。光と水滴が意図的にカイネの真白い肌を選んでいるかのような調和があり、目を奪われてしまった。
「話をしよう。今日は月が綺麗なんだ。」消えてしまいそうな声で言った。
「いいよ、座ろう。」
二人はベッドに背もたれ、向かい合う形になった。
「性分化が起きたんだ。」
違和感をもとにして脈が早まる。
「嘘だ。まず、双子である僕には何も起きていない。次に、性分化が起きた次の日には施設を出るはずなのに、まだこうして二人で過ごしている。」
「一つずつ答えていくね。まずはいまだにここにいることから。分化の話はもう施設の人に話しているんだ。けれど特殊なケースだから判断が保留になっている。この場合の特殊っていうのは、もちろん双子であることも含まれるけれど、、そうじゃない部分が大きいかな。」
「煮え切らないな。男性か女性かどちらになったんだ?」
脈だけが先を行く。
「男性であり、女性である。つまり両性なんだ。」
両性。男で女、女で男。
「クオンが見た目で判断できなかったのは、両方の性ホルモンが拮抗していたからだと思う。」
一卵性双生児は滅多なことがない限りは、同時に性分化が起こるはず。
「じゃあ僕は一体なんなんだ。何も起きていない。股を見たって、そんな明瞭なものはついていない。」
「恐らく、中性のままだ。本で読んだことがあるけれど、分化を経ない中性は玄冬症と呼ばれるみたい。症例は両性と同じぐらい少ないものだったはず。あと、両性は青春症だって。」
「双子なのに、ほかの人よりも二人が一人であることに近いはずなのに、どうしても遠くなってしまったんだろう。性が一致しなくとも、お互いが性を持つ方が安定的だった。なんですべて持っていってしまったんだよ!」
気色が悪かった、自分もカイネも。相手を罵るときは、決まって頭が回る。気色悪さを払拭するために、嗚咽交じりに言葉を刺した。
カイネを見られない。ただ走り逃げることしかできなかった。

その後、僕たちは検査を受けた。
カイネの言った通り、僕は玄冬症で、カイネは青春症だった。
性別が確定したといって差し支えないが、数日間はまだ施設に滞在することになった。
その間、僕の要望でカイネとは離れて過ごした。
外出要望の審査中だったが、もう必要なくなった。
リンとリツは今、何を考えているのか。
皮と肉はどろどろに溶けて、腐臭を放っている。
もう見向きはしないが、臭いは呼吸を止めなければ終わらない。


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